魔法をかけて!
第三章
一瞬私には何を言われたのか分からなかった。
「律子、それはお前のデビュー曲だ。来週レコーディングとPV撮影やるからそれまでにしっかりと歌詞と振り付けを覚えておけよ?」
コーヒーカップを右手に持ち、左手親指を立てて、私にウィンクを寄こすヨウイチさん。
「……はぇ?」
私は茫然としていて、つい間抜けな返答をしてしまった。
「ん、聞こえなかったか?来週…」
「私がデビューってどういうことですか?!」
ようやく思考が追いついた私は、思わず叫んでいた。
「いや、そのままの意味だけど…」
「だって私は事務員ですよ?!どーして事務員の私がアイドルデビューなんて…」
「だから、今日から律子はアイドル候補生に…」
「だーかーらーっ!!どうして私がアイドルなんかに?!私にはそんな才能はないですよ?!容姿だって普通の人と比べても見劣りしてますし、それに他のアイドル達が持っているような輝きも私にはない!そんな私がどうしてアイドルなんかに…」
そう、これは何かの間違いに決まってる!
私なんかがアイドルになれるわけがない!
ヨウイチさんは私をからかっているに違いないのだ。
「俺はそうは思わない。」
コーヒーを飲み干したヨウイチさんはハッキリと言いきった。
「どうして…?」
「律子は気づいていないだけだ。律子は十分アイドルになれる才能を持っている。」
「なんで、そんなこと言いきれるんですか?」
「俺の、プロデューサーとしての勘だよ。」
予想外の返答に私は一瞬固まってしまう。
……勘?
勘ですって…?
そんなもので私をアイドルに……?
小学校から今まで、クラス劇などをやる時には決まってヒロインはクラスで一番かわいい女の子、地味な私は脚本だったりモブキャラだったり主人公に倒される悪い魔女だったり…
いつだってスポットライトは私には当たらなかった。
私もそのことは当然だと思っていたし、それで主役が輝くのならばそれでいいと思っていた。
そんな私が、スポットライトを浴びて舞台の中心で輝くアイドルだなんて……
「む…無理ですよ。私には無理…。私がアイドルだなんて、夢物語もいいところ。ヨウイチさん、私をからかってるんでしょう?エイプリルフールでもないのに、そんな嘘を……」
「嘘なんかじゃないさ。」
ヨウイチさんは真っ直ぐに私を見つめる。
「俺は本気だ。」
「でも……」
「分かった。どうしても信じられないのなら…」
そう言ってヨウイチさんは立ち上がり、私のおでこに右手の人差し指を突きつけた。
「律子、俺がお前に飛びっきりの魔法をかけてやるよ。」
「……え?」
「お前を、最高のトップアイドルに、舞台の中心で輝くシンデレラにしてやる。」
その言葉に、軽いショックを受けた。
冷静な頭で今考えると、あの時のプロデューサーのセリフはなんという恥ずかしいセリフだったのだろうと思うけど、その時の私にとってはまさに“魔法の言葉”だった。
表舞台に立つことは出来ない、輝ける存在にはなれないと思っていた私に、アイドルになれる才能がある…?
私は、表舞台に立ってもいいの………?
「……本当にいいんですね?」
「ん、何がだ?」
私は、最後の確認の意味も込めて尋ねる。
「私なんかをアイドルデビューさせちゃって、後悔しても知りませんよ?」
「後悔なんかするもんか。俺にはハッキリと見えているんだ、お前がトップアイドルとなって舞台で輝く姿が、お前が世界中の人々に最高の笑顔を届けている姿が、そしてお前を見て最高の笑顔で返してくれているファンの姿が。」
「…そこまで言われるんでしたら、“敏腕プロデューサー”様に全てをお任せしてみようかしら?」
私は皮肉っぽく言ってみた。
「もちろん。だが、律子。お前にも手伝ってもらうぞ?」
「え?」
「律子が気づいていない、律子だけの魅力を俺は引き出してやる。だが、それだけではトップアイドルにはなれない。律子がトップアイドルになるには、律子の力も必要不可欠だ。」
「俺たち2人の力で、トップの座を勝ち取るぞ!」
私にそんなことを言ってくれた人はこの人が初めてだった。
その時のヨウイチさんの瞳は、まっすぐで、すでにトップの座が見えているように思えた。
ヨウイチさんは、
私を無条件に信じてくれている。
私の知らない私の魅力を、
私の知らない私の輝きを、
そして、私がアイドルとして皆に笑顔を与えられると…
ヨウイチさんが私を無条件に信じてくれているのなら、
私は…
「……分かりました、腹を決めましょう。それに、私の夢は皆に笑顔を与えるアイドルを育てるプロデューサー、ひいてはアイドル事務所を設立すること。アイドルのことを知るために、自分がアイドルとなって活動してみるのもいいかもしれませんね。」
「よし、決まりだな!これから頑張っていこう、律子!」
「ハイ、プロデューサー!」