魔法をかけて!

第二章


私が765プロで事務員として働き始めて2週間が過ぎた。

つい先週2人のアイドルが765プロからデビューした。

一人は三浦あずさ。年齢は19歳で短大の2年生。765プロに入ったのは、別の事務所のオーディションを受けに行く予定だったのが、道に迷ってオーディションの時間に間に合わず、さらにその帰りに再び道に迷って途方に暮れていたところを偶然近くを通りがかったヨウイチプロデューサーに助けられたことがきっかけらしい。
その大人なビジュアルと抜群の歌唱力で、新人アイドルとしてかなり注目されている。
また、ヨウイチプロデューサーの腕も確からしくデビュー2週間でかなり知名度を上げることが出来たのも彼の手腕によるところが大きい。

もう一人のアイドルは如月千早。年齢は14歳で中学3年生。家族の関係があまり良くないらしい。765プロに入ったのは、アイドルとしてというよりはシンガーとして自身を高めたいがためだという。実際、彼女の歌唱力には目を見張るものがあり、専門家の評価も高い。ただ、彼女の元々の性格ゆえにお世辞にも愛想がいいとは言えず、一部では“氷の歌姫”と呼ばれ、評価は2分されている。



私はそんなアイドル達を陰ながら支える日々を送っていた。
アイドルやプロデューサーたちのスケジュール管理、事務所の運営費算出、資金の調達、小鳥さんのおかしたミスの後始末(実はこれが一番多い)など、大変な毎日ではあるけども、私の努力がアイドル達の活躍に繋がり、そのアイドル達の活躍が人々を笑顔にしていくのだと考えるだけで、私は幸せだった。


いとこの涼には「律子お姉ちゃんもアイドルになったりしないの?」と半分冗談のように言われる。
その度に私は「私にはアイドルは向いてないわ。私に向いているのはアイドルを裏から支える今の立場なの。」と返している。


そう、私はあくまで裏方。
決して表に出ることは無い日蔭者。

私の人生はずっとそうだった。
そのことに不満を抱いたこともなく、むしろ当たり前だと思っていた。

私には表に出るだけの輝きは無い。

これからの人生もずっとそうだと思っていた。


だけど、その日、
私の人生は、大きく変わった………


その日私はいつも通り出勤し、いつも通りの事務仕事を始めた。
そしてやはりいつも通りにヨウイチさんが出勤してきて私に挨拶をした。
「おう、律子!今日も相変わらず早いな!」
「あ、ヨウイチさん。おはようございます、って今日も寝不足ですか?眼の下にクマができてますよ?」
「ああ、昨日は徹夜だったんだ。新曲の調整とかあってな。」
「まったく、徹夜は効率が悪くなるからしない方がいいですよって何度も言ってるじゃないですか…」
私はヨウイチさんをたしなめつつ、彼にコーヒーを淹れてあげようと思い、席を立った。

コーヒーを淹れながらヨウイチさんに先ほど気になった点を尋ねてみた。
「そういえば、新曲ってあずささんのですか?2週間前にデビューしたばかりでもう新曲を出すなんて、少し早くないですか?」
「いや、あずささんのじゃないよ。」
コーヒーをヨウイチさんのカップに注ぎ、彼の席に持って行った。
私は、ヨウイチさんが机の上に置いた音源のマスターテープと歌詞カードを手に取った。
「“魔法をかけて!”…。へ〜、いいタイトルじゃないですか〜。あずささんの新曲じゃない、ってことは千早のですか?」
「いや、そうでもない。律子、お前のだよ。」
私が淹れたコーヒーを飲みながら、彼は世間話でもするみたいにサラリとそんなことを言った。
「お前は今日からアイドル候補生だ。」

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