〜真〜
ボクたちがこの“角島”を訪れた日の翌日。
昨夜、誕生日パーティを祝った直後に姿を消してしまった邦晴さんのことが心配でボクはほとんど寝付けなかった。それは雪歩も同じだったようで、すごく眠そうな顔をしている。
「おはよう、雪歩。昨日は眠れなかったみたいだね…」
「あ、おはよう真ちゃん。うん、邦晴さんのことが心配で……」
「本当にどうしちゃったんだろう、邦晴さん…
米田さんたちは悪ふざけだって言ってたけど…」
「でも、こんな悪ふざけをするような人には見えなかったんだけど…」
その時、ボクたちの部屋がノックされた。
「真、雪歩、起きてる?朝ご飯の時間よ。」
ノックの後に聞こえてきた声は伊織の声だった。
「あ、うん起きてるよ。分かった。ボクたちも着替えたらすぐ行くよ。」
「ん、それなら私と律子は先にホールに行ってるわね。」
ボクらが着替えている間、廊下の方から
「あ、この匂いはたまご焼きの匂いだ!!真琴たまご焼き大好き〜〜〜!」
「ちょっと、真琴ちゃん階段を走ると危な…って言ってるそばから転げ落ちちゃうんだから…」
「あぅ〜、痛いよぉ〜…」
というあゆさんと真琴ちゃんのやり取りが聞こえてくる。
「真琴ちゃん、朝から元気みたいだね。」
雪歩が笑いながら言う。
「本当に。」
ボクも一緒になって笑った。
部屋を出ると、ちょうど名雪さんと舞さんも部屋を出てくるところだった。
「あ、おはよう、真ちゃんに雪歩ちゃん。」
「…おはよう。」
やわらかくて優しい雰囲気の名雪さんに対し、舞さんのさっぱりとしていて全てを包み込むような強さを感じられる雰囲気。なんていうか、嫌な雰囲気を一瞬で吹き飛ばしてくれるような、そんな感じがした。
「「おはようございます、名雪さん、舞さん!」」
ボクたちはできるだけ元気な挨拶を返した。
「2人とも昨日はよく眠れなかったみたいだね。」
「あ、分かっちゃいますか…」
「うん、私も叔父さんのことが心配で眠れなかったし。」
「…嘘、熟睡してた。祐一には聞いてたけど、起こすのが大変だった。おまけに寝ぼけてキスまでされそうになっ……」
「そ…そんなことないよぉ〜〜!!舞さんこそ嘘つきだよぉ〜〜〜〜!!!」
名雪さんは顔を真赤にして舞さんの背中をぽこぽこ叩いている。
2人は少し暗い雰囲気だったボクらに気を使ってくれたんだと思う。本当に優しい人たちだなと思った。同じことは雪歩も思っているみたいだった。
「真ちゃん、私たちも元気だそう!」
「うん、そうだね雪歩!」
そうしてボクたちはホールへと向かった。
ホールにはボクたちと邦晴さん以外の全員の姿があった。
そして黒木さんが昨日邦晴さんの捜索に参加しなかった郷里さんに昨夜起こった出来事の説明をしていた。
「なっ?!俺が寝てる間にそんなことがあったのか?!」
「本当に、昨日はあれだけ大騒ぎだったのに呑気に寝ていただなんて!信じられないわ!」
「ゴメンよ伊織ちゃん…。俺は普段は眠りは浅い方なんだが、昨日は特別眠くてね…。騒ぎに全く気付かなかったよ……」
そういえば昨夜パーティが終わってホールを出ていく郷里さんはすごく眠そうな様子だった。
「それで、邦晴さんは今朝は……?」
そう尋ねたのはあゆさんだ。
「それが、寝室にお伺いしたのですがやはり返事は無く…」
「合鍵は……無かったんでしたね、そう言えば。」
そう言ったのは律子だ。
「とりあえず、その話は食事が終ってからにしましょう。皆さんお腹もすいているでしょうし、ご飯も冷めてしまいますわ。」
早織さんのその一言で、話し合いは一旦中止となった。
「あ、名雪ちゃんに舞さん、真さんに雪歩さん、おはよう。」
「おはようございます。」
「さ、4人とも席に座って。朝ご飯にしましょう。」
朝食が済んでから、ボクたちはもう一度邦晴さんを探すことになった。律子と伊織と舞さんと名雪さんは2階の空き部屋や室内風呂を、黒木さんと米田さんと郷里さんは外を、ボクと雪歩、あゆさんと真琴ちゃんと早織さんはペンタゴンハウスを探すことになった。
「きっとペンタゴンハウスにいて皆が来るのを待ち構えているに違いありませんわ。全く、人騒がせなお父様ですこと。」
しかし、そういう早織さんの表情には不安な様子がみてとれた。
あゆさんはさっきから何かを必死に考えているようだった。
「真ちゃん、邦晴さんいるかなぁ〜…?」
雪歩が不安そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ雪歩、きっと邦晴さんが笑って出迎えてくれるに違いないさ。心配ないよ。」
ボクは精一杯虚勢を張って雪歩を励まそうとしたけど、雪歩の表情から不安は取り除かれなかった…
ペンタゴンハウスに着き、早織さんがドアノブに合鍵を差し込んで開錠し、ドアを開け中へと入ろうとしたんだけど…
「お父様、いらっしゃ……っ…ひっ!!!」
一歩部屋に踏み入れた時点で早織さんは悲鳴を上げた。あゆさんはその声を聞くと、早織さんより先に中へと入って行った。
「あゆあゆ?!…まさか……!」
真琴ちゃんもあゆさんの後を追って中へと入って行った。早織さんはドアにもたれるように崩れ落ちてしまっている。
その様子から中で“最悪の事態”が起きているのだと分かった。
でも、そのことがあまりにも非現実的で、とても実際の日常に起こっているものだとは信じられなくて…
「真ちゃん…」
雪歩がボクの腕を強く握ったのが分かった。その腕はすごく震えていた、いや震えていたのはボクも同じだった。雪歩が隣にいなければ、ボクは早織さんと同じように膝をついていたかもしれない。
ただ、ボクの頭の中で考えていることが違って欲しい、“最悪の事態”なんて起こっていない、そう自分に言い聞かせることしかできなくて…
ボクと雪歩が中へ入るべきか考えあぐねているところへあゆさんの声がした。
「真ちゃん、雪歩ちゃん、早織さんを連れてホールへ!!そして警察を呼んで!
……“殺人事件”、だよ。」
そのセリフを聞いて、ボクの中の日常が壊れていく音を立てて崩れていくような感覚を味わった。
〜あゆ〜
「警察はしばらく来られないそうです。どうやら、海が時化っているようで、とても船を出せるような状態ではないと。ヘリコプターの着陸できるような土地もこの島にはないみたいだし…」
あの後、気絶した早織さんと雪歩ちゃんをボクと真琴ちゃん、真ちゃんでホールまで運んでから、2階の捜索を終えてホールに降りてきていた名雪さん、伊織ちゃんと真ちゃんに2人の看病を、律子さんには警察への電話を、舞さんには外を捜索中の黒木さんたちを呼んできてもらうように頼んで、ボクと真琴ちゃんはペンタゴンハウスへと戻った。
ペンタゴンハウスの内部は、昨夜邦晴さんからの電話を聞いて駆け付けた時と何ら変わっているような部分は無かった。
ふと、古峨精計社製作の例の止まった時計が目にとまった。恐らくあれには“仕掛け”がある。そしてその“仕掛け”は…
そこまで考えたところでボクは首を振った。その“仕掛け”は恐らくダメだ。今回の事件とは関係ないだろう。
「どうしたの、あゆあゆ?死体は調べないの?」
真琴ちゃんのセリフに、ボクは極力見ないようにしていた邦晴さんの死体と向き合う決心をした。過去にいくつか事件に関わってきたのだけども、そういえば死体を見るのは今回が初めての経験だ……
邦晴さんはイスに座っており、肩から上が机の上に乗った状態で見つかった。背中にはナイフが深く突き立てられており、恐らく心臓を一突きにされての即死だろう。ぶらんと垂れ下がった腕にはロープで縛られた様子があった。机の上にはメモ帳と数冊の本以外に、倒れた電話の子機と湿ったペンが無造作に置かれていた。また、キーホルダーにくっついた鍵も机の真ん中あたりに置かれてあり、確認してみたところペンタゴンハウスのもので間違いないようだった。
「ねえねえあゆあゆ、邦晴さんは縛られていたんだよね?だったらどうやって電話をかけてきたのかな?」
すっかり探偵助手気分の真琴ちゃんが(まあこれまでボクが関わった事件全てに関わってるのは真琴ちゃんだけだからね…)邦晴さんの腕を見ながら尋ねてくる。
「恐らく、ペンを口にくわえてそれで子機のダイヤルを押して電話をかけてきたんじゃないかな?」
ペンが湿っているのは邦晴さんの唾液がついているから、………
―――――――えっ?!
今、何かに気づいたような感覚……
何?!
今、ボクは何に気づいたの?!
(“何かがおかしい……”)
―――――――ドクンッ!!
(ボクはこの部屋の様子に、パーティの前に入ったときとは微妙な“違和感”を感じていたが、それが何なのか結局分からなかった。)
「…そうかっ!!」
「え?!何か分かったの、あゆあゆ?!」
「分かったよ、昨日感じた“違和感”の正体が!!
……でも、それが一体どう事件に関わってくるのか……」
ボクが更なる思考に入ろうとしたとき、ペンタゴンハウスの部屋がノックされた。入ってきたのは律子さんで、警察がしばらく来れない旨を伝えてくれた。
ボクたちは一旦ホールに集まることになった。ホールにはすでに全員揃っていた。気絶していた早織さんと雪歩ちゃんも目を覚ましたようだった。
ボクがペンタゴンハウスの様子について話すと、外の捜索をしていた黒木さんらは皆一様に信じられないという顔をしていた。しかし、この内の誰かは間違いなく“ウソ”を付いている。間違いなく、邦晴さんを殺した犯人はこの中にいるのだから…
「…犯人は誰なの…?お父様を殺した犯人は、一体誰なんですか?!」
あの優しそうな早織さんが悲鳴のような声をあげて訴えかける。名雪さんがそんな早織さんに落ち着くようにと言う。
「黒木さん、外を捜索していた際に不審者がこの島に紛れ込んでいるといったような様子はありましたか?」
ボクは念のため外部犯の可能性について聞いてみた。
「…いえ、そんな様子は無かったと思いますが…」
「この島に侵入者なんて考えにくいな。何の理由があってこんな島なんかに赤の他人がやってくるって言うんだ?おまけに、聞く限りじゃあこの事件、“密室殺人”とかいうやつなんじゃないのかい、あゆちゃん?」
郷里さんがボクに逆に質問をしてくる。
「そう。確かに“密室殺人”でした。ペンタゴンハウスの鍵は机の上にありました。」
「だとすると、犯人は確定ってことになる。」
「…ペンタゴンハウスの唯一の合鍵を持つ、早織さん…」
そう、普通に考えるのならこの“密室”を作れたのは唯一の合鍵を持つ早織さんが犯人ということになる。…なるのだが、
「そ…そんな、どうして私がお父様を……!!」
「そうよ、郷里さん!!いくら郷里さんだからって早織姉さんを侮辱すると……!」
「しかし、ペンタゴンハウスを密室に出来たのは早織さんだけなんだ。彼女が犯人で無い、って言うのならその証拠を…」
ヒートアップしそうになる議論に、ボクは早織さんが“犯人では無い”という状況証拠があることを説明しようとしたとき、
「早織さんにはアリバイがありますよ?」
「律子?!」
「アリバイがあるって……」
「郷里さんは昨晩寝ておられたから知らなくて当然ですけど、邦晴さんからホールにSOSの電話がかかってきたんですよ。その時に邦晴さんが殺されたとするなら、その電話を受けた早織さんには犯行は不可能ということになります。また、当然ながらその時ホールにいた私たち765プロの4人、あゆさん、名雪さん、舞さん、真琴ちゃんの8人にも犯行は不可能ということになります。」
「そうよ!あの時、確かに叔父様の『助けてくれ!』って言う悲鳴を電話越しにだけど聞いたわ。あの時襲われたとするなら、早織姉さんには犯行は無理よ!」
「うっ…。」
そう、早織さんにはアリバイがある。だが、そうなってくるともう一つの疑問が当然浮かび上がる。
「…それでは、昨晩邦晴さんの死体は一体どこに消えてしまっていたというのかしら?」
その疑問は米田さんが口にした。
「あの時、皆さんが邦晴さんから電話を受けてペンタゴンハウスに向かって中へと入ったところ、中には犯人どころか邦晴さんの死体すら無かったんでしたよね?それは一体どういうことなんでしょうか?」
「おいおい、“密室殺人”に加えて“瞬間消失”か…?どこの推理小説だよ……」
郷里さんが嘆くのも無理はない。今回の事件、それだけ推理小説じみているのだ…
「邦晴さんは確かにペンタゴンハウスにいると言ったのかい?」
「ええ、確かにそうおっしゃってました。また、『奴が』というようなことも言ってましたので、お父様以外にも別の人物がいたことは間違いないかと…」
「…だったら……
いや、駄目だ。やっぱ俺みたいな奴には事件の推理なんて向くかねぇや。ここは、倉田家の事件を解決したあゆちゃん、アンタに推理してもらいましょうか?
どうせ警察はまだ来れんのだし、ここは一つお手並み拝見とさせていただきましょうか?」
郷里さんがボクを試すかのようなセリフを言う。
言われなくてもこんな不可思議な謎、解かずにはいられないに決まってるよ!