〜あゆ〜
パーティが始まるまでの間、765プロのアイドルの生ライブがタダで聴けるという夢のような機会を得ることができただけでもボクはここに来てよかったと思った(祐一君に言ったらすごく羨ましがられるんだろうな)。特に、今では引退された伝説のアイドル・秋月律子さんと今を時めくスーパーアイドル・水瀬伊織ちゃんのデュエットという夢のようなコラボレーションも実現しちゃったりして、なんというか絵にもかけないというか何というか、とにかくすっごく感動しちゃった!
もちろん真ちゃん・雪歩ちゃんのデュエットもCDで聴くよりもずっと良かった!普段は音楽にあんまり興味を示さない真琴ちゃんでさえ感動しちゃってたくらいだから、やっぱりアイドルってスゴイ存在なんだと思う!
そんなこんなで邦晴さんの誕生日パーティが始まったわけだけど、結局そのままの流れでカラオケ大会みたいな様相に。
邦晴さんは真ちゃんと一緒に少年隊の「仮面舞踏会」を熱唱されたり(「仮面舞踏会」って聞くと真っ先に金田一耕助の作品が思い浮かぶんだけど)、邦晴さんの右腕だという郷里政次さんも律子さんとピチカート・ファイブの「東京は夜の七時」をデュエットされたり(しかし180cmはあろうかという郷里さんが身振り手振りを交えて歌う姿は圧巻だよ)、邦晴さんの娘にして有名ブランド“SAORI”の社長さんの早織さんは伊織ちゃんと名雪さんの3人で奥華子さんの「ガーネット」を(早織さんは外見の美しさに違わずうっとりするような声だったよ〜)、真琴ちゃんはどこでいつの間に覚えたのか飯塚雅弓さんの「amulet」を(真琴ちゃんらしくない歌にボクも含めて皆意外さが隠せていなかったけど)、舞さんは真琴ちゃんに対抗したのか田村ゆかりさんの「Beautiful amulet」を(舞さんって普段は無口なんだけど、いい声してるんだよね〜)、ボクも雪歩ちゃんと一緒に堀江由衣さんの「Love Destiny」を歌ったりしてかなり盛り上がった。
邦晴さんの今の恋人である米田弘子さんと、“五角館”の管理人でもあり今回のパーティの料理も作られた黒木辰道さんは歌うことはなかった。弘子さんは皆の様子を見ることそのものを楽しんでいたみたい。黒木さんはただでさえ低い身長なのに、背中を丸めてもくもくと食事をされているから余計に小さい印象を受けた。パーティが楽しくないのか、パーティというものが嫌いなのかは分からないけど、なんだか暗い感じだった。
パーティそのものは2時間くらいで解散になった。
邦晴さんは、
「今日はさすがに疲れたよ。なので皆さん、私は早めに失礼させてもらうよ。皆さんはゆっくりと今宵を楽しんでいってください。」
と言って本館にある自身の寝室へ。
郷里さんも疲れた様子で(目をこすりながらすごく眠そうな表情をしていたけど、そんなにも疲れたのかな?)自室へと下がっていった。
弘子さんに関しては気づいたらいなくなっていたので恐らくは自室に戻ったんだと思う。
黒木さんは後片付けがあるとかでホールの奥の厨房へ。ボクらも手伝いましょうか、って言ったんだけど、
「いえ、お客様に手伝っていただくわけにはいきません。それよりも皆さんは温泉へ入られてきてはいかがですか?」
とそう言われたので、ボクたちは温泉へ向かうことに。
温泉は露天風呂になっていて、“ペンタゴンハウス”側の扉から出て右側をまっすぐ進んだ先にある丘に作られていて、そこから海を眺望することができる。早織さんは足が悪いみたいで、建物の2Fにある室内風呂の方に行くようなので、露天風呂に行くことになったのはボクと真琴ちゃん、名雪さん、舞さん、真ちゃん、雪歩ちゃん、伊織ちゃん、律子さんの8人。
「やっほ〜〜〜〜!!温泉だぁあああああああああああああっ!!」
脱衣所に着くなり、即行で服を脱いで(脱ぎ散らかして、と言う方が正しいかな)湯船に突っ込んでいく真琴ちゃん。
「ちょっと、真琴!女の子なんだからもう少し恥じらいってものを…」
真琴ちゃんの脱ぎ散らかした服を丁寧に畳みながら注意をする名雪さん。そんな名雪さんの今の姿は上だけを脱いだ状態。うぐっ、名雪さんのつけているブラジャー、黒のレースだ。すごく大人っぽい……
「名雪さんも大変ですね。ウチの事務所にもあれくらいの元気な子が二人もいるんで苦労が絶えませんよ…」
そう言いながら、真琴ちゃんの服を畳む名雪さんの手伝いをする律子さん。律子さんはすでに服を脱ぎ終えていて、タオルを巻いた状態。うわ、その状態でしゃがんじゃうと谷間が見えちゃうよ。女であるボクでさえおかしな気分になっちゃいそう。
「相変わらず律子の胸、大きいなぁ…」
と隣にいた真ちゃんがつぶやく。
「うぐぅ、名雪さんも大きい人だなって思ってたんだけど、律子さんも同じくらいに大きいよ…」
名雪さんは以前聞いた時にはバストサイズは83って言ってた。律子さんは公式発表では85ってことだけど(祐一君に以前聞いた覚えがある)。
「うう〜、ちんちくりんな私は穴掘って埋まってますぅ〜…」
そう言ってどこに持っていたのか、マイスコップで脱衣所に穴を掘って埋まりだす雪歩ちゃん。雪歩ちゃんはボクと同じバストサイズは80。周りの人があまりにも大きいものだから、ボクのサイズって小さい方なんじゃないかってコンプレックスがあったんだけど…
「雪歩はまだある方じゃないか。ボクなんて、くっ…」
そういう真ちゃんのバストサイズは73。これで小さいなんて文句を言ったら怒られちゃうよ……
「えっと…、でも真ちゃんはスレンダーだし、カッコいいと思うよ?」
「うぅ〜、やっぱりボクはカッコいいって評価なんですね……」
あ、言葉を間違えちゃったみたい……
「……胸なんて無くったって、心が美しければ美しい女性になれる。……心配いらない。アナタは十分綺麗な女性だと思う。」
そう言いながら浴場へと入っていく舞さん。そんな舞さんのバストサイズは89…
「舞さん、スタイル良すぎだよぉ〜…」
「ほらほらアンタたち、いつまでタオル1枚で脱衣所にいるつもり?風邪ひいちゃうわよ?」
伊織ちゃんにそう言われ、ボクたちは穴の底から雪歩ちゃんを引き上げて浴場へと向かった。
〜真〜
「うわ〜、すごい絶景…!!」
浴場へと入ったボクらを迎えてくれたのは、目の前に広がる壮大な海だった。どこまでも続く水平線の向こうに、ちょうど太陽が沈みかけているところだった。
「本当、いつ見てもここからの景色は最高よね。アンタたち、こんな景色が見れたことを私に感謝なさい!」
「確かに、伊織に誘ってもらわなければこんな景色は見れなかったわけだし。春香たち、来れなくて残念だなぁ〜…。」
「プロデューサーさんにも見せてあげたかったですね。」
「あれ、プロデューサーさんって雪歩ちゃんたちのプロデューサーは律子さんなんじゃないの?」
ボクらと同じように景色に見入っていたあゆさんが当然のように質問してくる。そう、ボクらのプロデューサーは律子で、ここで雪歩が言ったプロデューサーって言うのは律子やあずささんのプロデューサーであるヨウイチプロデューサーのことなんだけど、ボクらは成り行きで彼のことをプロデューサーって呼んでいる。
そのことをあゆさんに説明したボクらは広大な海を背に湯船につかっているのだけど…
「すっごーい、ライオンさんの口からお湯が出てるよぉ〜!あは、こっちには泡が出るお風呂がある〜!!」
「こら真琴、走ると危ないよ。滑って転んだら……って言ってる傍から転ぶんだから…」
「あぅ〜…痛いよぉ〜〜……」
「………痛いの痛いの、飛んでけ〜…」
「まいまいの言い方だと効果薄そうだよぉ〜…」
何というか、真琴ちゃんの元気の良さには本当に呆れるというか…
「う〜ん、亜美と真美を足したような子だよね…」
「真ちゃんもそう思う?」
「一人な分、亜美・真美よりは扱いやすいんじゃない?」
「いや〜、あの子らは世間をいくらか知ってる分、限度ってものがある程度はあるけど、あの子は世間知らずな分、無茶し放題だから大変かもよ?」
「伊織も律子も容赦ないね…」
「あ、真ちゃん。あの〜、さっきのことなんだけど…」
と、隣にいたあゆさんがボクに話しかけてきた(あゆさんって服を着てる時は幼児体型なのに、脱いだらそれなりにあるだなんて……反則だよ〜………)。
「さっきのこと?」
「うん、あの〜…真ちゃんのことカッコいいって言ったこと。」
「え?!あ〜、そのことですか。そのことならボク、全然気にしてませんから。いつも言われていることですのでもう慣れましたし、それにこれで一応売ってるわけだし…」
「あ、そうなんだ。でも一応謝っておくね。ゴメンネ、真ちゃん。
でも、その……ボクが言いたかったのは、何て言うのかな…。上手く言葉に表せないけど、真ちゃんはカッコよさも含めてすごくカワイイ女の子だと思う。」
「ボクが、カワイイ……?」
「うん。ステージで歌う時のカッコいい真ちゃん、無理にかわいさをアピールしようとして失敗しちゃう真ちゃん、普段の何気ない自然な表情の真ちゃん、そんないろんなところを含めて、真ちゃんはスゴクカワイイ女の子だと思うよ!」
「あゆさん…」
「だから、胸のあるなしなんて気にしちゃダメだよ!」
「うっ、せっかく忘れかけてたのに…」
「うぐぅ?!ボクまた言葉選択間違えちゃった?!」
「うぅ、気にしないでください…」
「ゴメンネ、真ちゃん…」
「いえ、謝らないでください。むしろボクの方が感謝したいくらいですよ。船の中での言葉と、今のあゆさんのセリフ。ボクは一生の宝物にします。ありがとうございます、あゆさん。」
「船の中の……あ、ああ!うん、そう言ってくれるなんてボクも嬉しいよ、あはははは…」
あゆさんのセリフは純粋に嬉しかった。面と向かってボクのことをカワイイと言ってくれたのは、ヨウイチプロデューサーと雪歩くらいだったから、身内以外でカワイイと言ってくれたのはあゆさんが初めてだ。カワイイかぁ〜……
あは♡
「ちょっと真、何変な顔してにやけてるのよ?気持ち悪いわよ?」
「きもっ…?!」
「さっきあゆさんと何か話してたみたいだけど……。ふむ、月宮あゆ……。彼女、
やはりプロデューサーとしての才が……ブツブツ」
「真ちゃん、よっぽど嬉しいことでも言われたんだね。」
「ん、まあね。」
「あぅ〜、泡が目に入ったよぉ〜〜〜……」
「だから目はつむってなさい、って言ったでしょ。」
「…はちみつクマさん」
「まいまい、それ使いどころ合ってるの……?」
なんだかトリオ漫才をやってるみたいな様相になってきたな…(笑)
その後、しばらく名雪さんたちも含めて湯船で談笑していると、真琴ちゃんがのぼせてきたからそろそろ上がろうかという話になって、ボクらは温泉を後にすることになった。
脱衣所で着替えていると、
「あら、私のケータイにメールが…。早織姉さんからだわ。」
「伊織、どうしたの?」
「えっと、なになに……?“温泉から上がったら皆さんでホールにいらしてください。紅茶を用意していますので、皆さんと一緒に召し上がりましょう”ですって。」
「へ〜、紅茶か〜。」
「早織さんは紅茶を嗜んでいらっしゃるの?」
「お茶は緑茶の方が好きですけど、紅茶も好きです〜」
「名雪たちも来るわよね?」
「うわぁ〜、早織姉さんの紅茶か〜。すっごくおいしいんだよねぇ〜。うん、行くよ〜。舞さんとあゆちゃんたちも行くよね?」
「うん、ボクは構わないよ。」
「真琴は眠いよ〜…」
「…はちみつクマさん」
そんなわけでボクら8人は本館のホールに戻ることになった。
〜あゆ〜
ボクたちが本館のホールに入ると紅茶のいい匂いが漂ってきていた。
「お帰りなさい、温泉はどうでした?」
そう言ってボクたちにほほ笑んでくれる早織さんはまるで天使のようだった。
「ええ、すごく気持ちよかったです。」
皆の気持ちを代表して律子さんが答える。
「そう、良かったわ。さあ皆さん席にお座りになって。紅茶を淹れますね。」
「あれ、叔父さんや他の皆は?」
「お父様は紅茶はあまりお好きではないので。黒木さんは自室で仮眠なされていて、米田さんは今日は遠慮するとおっしゃられてました。郷里さんは先ほど部屋をノックしたのですけどお返事が無くて…寝ておられるのかもしれません。」
伊織ちゃんにそう説明しながら、ボクたちの前にカップを配っていく早織さんと、その手伝いをしている名雪さん。あ、真琴ちゃんはイスに座ったまま寝かかってる……
それから全員のカップに紅茶が注がれていく。名雪さんが絶賛する早織さんの紅茶、ボクはあんまりこういうものに詳しくはないんだけども、それでもおいしいと感じた。
「うわ、本当においしい!!ボク紅茶はあまり飲まないんだけど、それでも今までに飲んだこと無い味だよ!」
「私もこんな紅茶は初めて飲みました……すごくおいしいです。」
「これ、早織さんのオリジナルなんですか?!この味を商品化すれば…」
「ちょっと律子、アンタこういう時にまで商売根性出してるどうすんのよ…
まあ確かにアンタのそういう性格のおかげで今の765プロがあるんでしょうけど…」
「あ、あははは。どうも事務所の会計とか運営をやってると思考がそっちに行っちゃうのよね……スミマセン、早織さん。」
「いえいえ、別に気にしていませんよ。」
「でも本当に早織姉さんの紅茶は喫茶店のメニューにしてもいいと思うなぁ。百花屋で出してくれるなら私毎日通っちゃうよ〜。」
「名雪さんはそうでなくても実家に帰ってきて毎日イチゴサンデーを食べに通ってるよね!」
「ちょっとあゆちゃん、毎日だなんて……2日に1度くらいだよ。」
「しっかり行ってるんじゃない。」
「……真琴、あなたもせっかくなんだから飲みなさい。」
「あうぅ〜……もう食べられないよぉ〜…」
「あらあら、真琴ちゃんはお疲れみたいね。」
「せっかくの早織さんの紅茶が冷めちゃうよ、真琴。」
「名雪さん、そっちは真琴ちゃんじゃなくてボクだよ…
名雪さんもそろそろ限界みたいだね……」
「名雪さんもって、まだ9時前ですよ?!」
「真ちゃん、名雪さんはね、12時間は眠らないと生きていけないんだよ。」
「あゆちゃん、それは言いすぎだよ…
私、まだ大丈夫だよ。」
「大丈夫って言ってますけど、もう目は閉じられちゃってますぅ…」
皆の笑い声がホールに響く。
それからしばらく皆で談笑していたのだけど、9時半を回ったころ、とうとう事件は起こる……
ホールに備え付けられていた電話が鳴り響く。
「あら、ここの電話がなるなんて珍しいわね。」
そう言いながら電話の方へと向かう早織さん。
「ここの電話は内線になっているハズだから、叔父さんあたりからかしら?」
そう言う伊織ちゃん。
「もしもし…」
「…早織か?!ホールにいたか!!」
電話越しに聞こえてくる邦晴さんの叫び声。明らかに尋常でない…!
「お父様ですか?一体どうされ…」
「助けてくれ!!!!」
その声に、皆一斉に早織さんの持つ受話器に視線を注ぐ。
「助けてくれって…一体どうしたんですか?!」
「早く、ペンタゴンハウスだ!!急がなければ奴が……ぐわっ?!」
「お父様?!」
「ちょっと、早織姉さん、叔父さんどうしたの?!」
「分からないの、突然助けてくれって…誰か他にもいるみたいなことをおっしゃってましたけど、突然電話が切れて……」
「邦晴さんはどちらから電話を?!」
「ペンタゴンハウスからと…」
ボクはそれを聞くや否やホールを飛び出す!舞さんもボクのあとを追ってホールを飛び出すのが分かった。他には律子さんも付いて来ているみたいだ。
ペンタゴンハウスへはホールを出て“コ”の字型の廊下を通って向かった。その途中、ホールの前の部屋から黒木さんが出てきたけどとりあえずはペンタゴンハウスに向かうのが先だと思い、ボクは迷わずそちらへ向かった。黒木さんには律子さんが事情を説明してくれているみたいだった。
1分も経たずにボクはペンタゴンハウスに辿り着いた。まずノブに手をかけて回してみたけど、カギがかかっているのか扉は開かなかった。
「邦晴さん、いますか?!月宮あゆです!!いるなら返事をして下さい!ここを開けてください!!」
扉を叩きながら邦晴さんを呼んでみるけど返事は無かった。遅れてやってきた黒木さんにボクは合鍵の類は無いか聞いてみた。
「ペンタゴンハウスの合鍵でしたら、早織お嬢様が持っておられます。」
「早織さんが?!」
「私、早織さんにもらってきます!!」
そう言ってホールへと戻る律子さん。舞さんはいつの間に持ってきたのか、自身の愛刀を構え、油断なく周囲を窺っている。
騒ぎを聞いて米田さんも自室から出てきた。米田さんには黒木さんが説明しているみたいだ。
それから1分も経たずに律子さんが合鍵を持って帰ってくる。と伊織ちゃんも早織さんに肩を貸しながらやってくる。真ちゃんたちは眠ってしまった真琴ちゃんを放っておけないというのもあってホールに残ったみたい。
ボクは律子さんからもらった合鍵で鍵を開ける。
「開けるよ…」
「大丈夫、何者かが出てきても、私がついてる。」
こういう時の舞さんはやはり頼もしい。
ボクは深呼吸して、そして一気に扉を押しあけ、ペンタゴンハウスに飛び込む……!!
………が、
「…え?!」
そこにいた誰もが言葉を失った。それもそのはずで、
「…誰も、いない?!」
邦晴さんを襲ったと思われる謎の人物どころか、助けを求めてきた邦晴さん本人の姿さえそこには無かった……!
部屋の明かりは灯っていて、部屋も荒されたような様子は無い。
「……お父様?!何処にいますの?!お父様?!」
「何よ、一体どうなっているって言うの?!」
「本当に、旦那様が助けをお呼びになられたのですか……?」
「一体どうなっていると言うの?」
皆口々に疑問を口にする。
「ねぇあゆさん、この部屋の前にずっといたんですよね?!」
「うん、律子さんがカギを受け取りにいくまでの間ずっとここにいたし、舞さんも
ずっと部屋の周りを窺っていた。そうですよね?」
「うん、間違いない。私たちがここに来てから、この部屋から出た者は誰もいない。」
「それじゃあ、この部屋に来るまでの間に……?」
「いや、それも無理だよ。だってここまで来るのに1分もかかってないんだよ?そんな短時間で邦晴さんごと消えちゃうなんてありえないよ…」
そう、こんな短時間で邦晴さんを連れてこの部屋を抜け出し、なおかつ部屋を“密室”にするなんて芸当、とても人間業で出来るとは思えない……
「ともかく、屋敷内を探してみてはどうでしょう?ひょっとすると邦晴さんのおふざけかもしれないわ。」
「そうかもしれませんね。いや、きっと米田様のおっしゃられる通りですよ。旦那様の悪ふざけかもしれません。ペンタゴンハウスから電話をかけてきたフリをしただけなのかもしれません。」
「え、でも内線ってどこからかかってきたか分るような仕組みになってるんじゃないの?」
「そこまでの機能はウチの内線には無いのよ、あゆさん。
ともかく、そう言うことならお父様を探してみましょう。こんな悪ふざけをして皆さまを不安にさせたお詫びをさせなくては。」
その場にいたみんなは邦晴さんの悪ふざけだろうということで、館内の捜索へと向かうことになった。
ペンタゴンハウスを出る前にボクはもう一度だけ中を見回してみた。
壁に並ぶ本棚、正常に時を刻む時計と、古峨精計社の作ったという止まった時計、机の上に置かれた電話の子機とメモ帳と『十角館の殺人』を含む数冊の本、孔の空いた柱から覗く蝋燭……
“何かがおかしい……”
ボクはこの部屋の様子に、パーティの前に入ったときとは微妙な“違和感”を感じていたが、それが何なのか結局分からなかった。
ペンタゴンハウスに施錠してから、ボクらは一旦ホールへと戻った。そこでホールに残っていた名雪さんたちに事情を話し、邦晴さんたちを探すことになった。
その途中で郷里さんの部屋をノックしてみたけど、返事が無かった。よほど深い眠りについているのか、それとも……
客室には基本的に合鍵は無い(カギは基本的に黒木さんが管理していて、宿泊する際にカギを宿泊者に渡すことになっていて、マスターキーのような類もないということ。ペンタゴンハウスのみ合鍵があって、それに関してのみは邦晴さんの意向もあって娘の早織さんが管理しているみたい)、ということだったので気にはなったが眠り込んでいるだけなら無理に扉を押しやぶるわけにもいかないので、とりあえず郷里さんに関しては明日の朝の状態次第ということになった。
館内をくまなく探してみたけど、結局邦晴さんは見つからなかった。
捜索が終わる頃にはもう12時を過ぎていたので、今日はここまでにしようということになり、ボクたちは解散した。
翌日、ペンタゴンハウスの机に突っ伏した邦晴さんの刺殺死体が見つかった……