1963年、九州は大分県東側に突き出したS半島J崎。その沖約5kmの海上に浮かぶ、巨大な十円銅貨を何枚か重ねて浮かべたような小さな島。手前の方に三箇所ばかり短い出っ張りがあり、それを“角”に見立てて、その島は“角島”と呼ばれていた。
角島にはかつて、さる風変わりな建築家が建てたとされる、これまた風変わりな建物、「青屋敷」と「十角館」と呼ばれる建物があった。だが、1985年9月20日未明、「青屋敷」はその屋敷の主であった建築家もろとも炎上、翌1986年3月末には「十角館」では、泊まりに来ていた大分県O市にあるK**大学推理小説(ミステリ)研究会のメンバーが殺されるという殺人事件が起こった。その時の事件で「十角館」は炎上。以来、この角島は「呪われた島」として人々は寄り付かなくなった。
また、この風変わりな建築家に関して、彼の建てた「館」で後に立て続けに奇妙な殺人事件が起こることになる。「水車館」、「迷路館」等々・・・
呪われているのは角島なのか、それともこの建築家の方なのか・・・?
「ええええええええっ?!名雪さんアイドルの方と親戚だったのおおおっ?!」
ある夏の日の昼下がり、水瀬家の中から少女の驚いた声が響く。
「うん。ただ、いろいろ事情があってなかなか彼女と会う機会が無くて。ここ10年近く会ってないことになるのかなぁ〜?」
ロングヘアでおっとりとした雰囲気の少女・水瀬名雪が目の間で目を白黒させている少女に向かって落ち着いた口調で説明を続ける。
「実はわたしのお母さん、大財閥の家系の生まれらしいんだけど、お父さんと出会って、勘当覚悟で駆け落ちをしたみたい。」
「その大財閥ってのが、“水瀬グループ”なんだね・・・?
まさか、名雪さんたちがあの“水瀬グループ”の家系だっただなんて・・・」
今だ信じられない、といった表情で名雪を見つめる少女・月宮あゆ。
彼女の言う“水瀬グループ”とは、ありとあらゆる分野で活躍している大企業である。
「駆け落ちした当時は当然いろいろ言われてたみたいだけど、今はもう仲直りしてるみたい。一応まだ勘当は解けてはいないみたいだけど、お父さんがいなくなってからは“水瀬”の苗字を名乗らせてもらえるようになったし、時々グループの抱える会社の相談役として出勤とかしてるみたいだね。」
「秋子さんがいろんな所に影響力を持っている理由ってそういうことだったんだ〜」
今までの様々な出来事を思い出しながら納得するあゆ。
一方で、あゆの隣に座っている少女・沢渡真琴は、腕を組んで何かを必死に考えていた。恐らく、あゆと名雪の話の内容の半分も理解できていないのだろう。
彼女らの話をまとめるとこうなる。
事の発端は、ある一通の手紙からだった。差出人は、名雪の“はとこ”に当たる少女からで、彼女は大企業“水瀬グループ”の社長の娘にして、現在売り出し中の人気アイドルとのこと。
その彼女からの手紙によると、今週末、九州は大分県にある“角島”にある彼女の叔父の別荘で叔父の誕生日パーティが開かれる。そのパーティにぜひ名雪や名雪の母親である水瀬秋子にも来てもらいたい、ということらしい。
彼女の叔父は“水瀬グループ”の建築関係の仕事を担当していて、その別荘も叔父が自ら設計したという。島は無人だったものを叔父が買い取り、今では誕生日などの祝い事の度に別荘に行ってはパーティを開いているようだ。
いつもなら秋子らは招待されないのだが(一応は一族から勘当されている身分のため)、今回に限っては関係者の都合が合わず、集まるのは叔父の側近と叔父の愛人、水瀬家からは名雪のはとこの彼女と、彼女のいとこの叔父の娘しか集まらないため、彼女曰く「息苦しい」から少しでも自分と年の近い人が来て欲しい、ということのようだ。
「それで、ボクたちが行っちゃってもいいの?」
「うん、出来れば同い年くらいの人を数人連れてきて欲しい、って言うことだから。それに、お母さんもその日は用事があるからお母さんの代わり、という意味でもあゆちゃんや真琴には一緒に来てもらいたいの。」
「旅行だったら真琴も行くぅ〜!
あは、“きゅうしゅう”か〜・・・どんな所だろぉ〜・・・」
さっきまで頭を抱えていた真琴だったが、“どうやら旅行に行けるらしい”ということが分かって、大はしゃぎの真琴。九州が何処かイマイチ分かっていないが、楽しいことには変わりは無いだろう。
「にしても、“角島”か〜・・・
ボクも楽しみだよ。何せ“例の事件”が起こった場所なんだから・・・」
ポツリとつぶやくあゆ。
「え、あゆちゃん何か言った?」
「うぐっ?!ん〜ん、何でもないよ!あははは・・・」
「・・・?」
慌てた様子のあゆの返答に不信感を覚える名雪だが、元来大らかな性格の彼女なので、それ以上は追求しないことにした。
「というわけだから、舞には佐祐理の代わりに行ってきてもらいたいんです。」
倉田家の一室。その部屋の主・倉田佐祐理が目の前に座る黒髪の少女に向かって話しかけている。
「それが佐祐理の頼みなら。」
黒髪の少女・川澄舞は言葉少なに佐祐理の頼みを承諾する。
ここ倉田家では、先日当主の倉田才蔵が殺されるという殺人事件が起こったため、その事後処理などで数日慌しい日々が続いている。
そんな最中に、倉田家と懇意にしている“水瀬グループ”の社長の娘から佐祐理宛に手紙が届いた。彼女と佐祐理は顔見知りで、親の仕事関係のパーティなどで知り合った仲だった。手紙の内容は、名雪のもとに届いた手紙と全く同じ。だが、あいにく先の理由から佐祐理や倉田家の面々はパーティに参加出来そうにない。そこで、佐祐理は彼女の親友である舞に代わりに行ってもらうよう頼んだのだった。
「ありがとう舞!それじゃあ佐祐理から水瀬さんにその旨を伝えておくね。」
「その子の別荘のある島、“角島”って言った?」
「え?うん、“角島”って書いてあるよ。それがどうかしたの、舞?」
「ん、何でもない・・・
ただ、“あの子”が興味持ちそうだな、って・・・」
「・・・月宮あゆさん、ですか?」
「・・・知ってたの?」
「うん、一応聞いてるよ。20年くらい前に起こったっていう“例の事件”のことは。」
「何だか嫌な予感がする。」
「舞の“悪い予感”、今月はこれで2回目だね。まさか、また何か事件が・・・?」
「分からない。ただ、もともとあの島に建っていた建物を作ったとされる建築家のこともあるし・・・」
「だったら、あゆさんも誘ってみてはどうですか?
万が一、何か事件が起きた時、あゆさんがいれば・・・」
「その必要は無いと思う。」
「え?」
「なんとなくだけど、あの子は私が呼ばなくても“島”に呼ばれて来るような、そんな気がする・・・」
「そうですね、佐祐理も何だかそんな気がします。」
舞と佐祐理は窓の外に目を向けた。外ではヒグラシの合唱が始まっていた。
「何ですって?!来られない?!・・・他ならぬ私の願いだってのに、来られないって言うの?!」
そこは某アイドルプロダクションの事務所の一室。電話口で怒鳴っているのはロングヘアーで頭に大きなリボンをつけ、左腕にウサギのぬいぐるみを乗せた少女。
「アンタ、この私に逆らったらどうなるか分かってるんでしょうね?!・・・そんな仕事なんて休んじゃいなさいっ!!・・・プロデューサーには私から言っておいてあげるから・・・って、ちょっと春香?!待ちなさい!!」
その可愛らしい外見からは想像もつかないような罵声を連発する少女、彼女こそ765プロダクションの新人アイドルにして、期待の超新星と謳われる天才美少女・水瀬伊織。“水瀬グループ”社長の娘でもある彼女は、そのコネを使って765プロのアイドル第2期生に選ばれた。その後、アイドルとして華々しくデビューを飾り、今や新人アイドルの中ではトップを走るほどの売れっ子となっている。デビュー曲「Here we go!!」はオリコンチャート初登場2位というシングル記録では765プロ史上最高記録を打ち立てた。
「全く、春香ってば、時間が無いから、とか言って勝手に電話切っちゃうなんて・・・」
「春香も忙しいのよ。アンタと違ってあの子はまだまだ無名の新人なんだから、売れるためにはどんな仕事だって休めないのよ。」
そう言って伊織をなだめるのは、765プロのアイドル兼新人プロデューサー・秋月律子。彼女は765プロのアイドル第1期生で、デビュー曲「魔法をかけて!」ではオリコン初登場3位、その後も発表したシングルは常にオリコン上位を占め、ファーストアルバムでは堂々のオリコン1位を獲得した。765プロの名を世に知らしめるきっかけとなった伝説のアイドルである。昨年、満員に埋まったドームの中で惜しまれつつもアイドル業を引退することを表明、今後は新たな人材育成を行うため、プロデューサーとして活動していくこと宣言した。だが、アイドル業を引退したとはいえ、時々テレビ出演などを行い、未だ現役として活躍してもいる。
そんな律子のプロデュースするアイドルの1人が伊織というわけである。
「ふ〜ん、天才の私には凡人の苦悩は理解できないわ。」
「全く、そんな態度でいるといつか足元すくわれるわよ?」
「そうならないようにするのが、プロデューサーのアンタの仕事でしょ?」
「・・・こーいう時だけ私頼みかい。」
「頼りにしてるわよ、にひひ♪」
「伊織〜、春香はどうだって?」
「一緒にパーティに行けそうでしたか?」
そこに入ってきた2人の少女。1人はジャージを着たボーイッシュでハスキーボイスの少女・菊地真、もう1人は白いワンピースを着た気弱そうな少女・萩原雪歩。2人も律子のプロデュースする765プロのアイドル第2期生で、ユニット“True Snow”を結成している。黒を基調にした衣装で凛々しさを前面に出している真と、白を基調にした衣装で可愛らしさを押し出した雪歩のユニットは、その正反対の魅力から男女含めた数多くのファンを集めている。ファーストシングル「First Stage」はオリコン初登場5位、続けて発表されたセカンドシングル「エージェント夜を往く」はオリコンチャート初登場4位という記録を打ち立てている。伊織ほどではないが、彼女らもかなり売れっ子のアイドルである。
「ダメだって。春香がダメってことは当然、相方のやよいも仕事だろうし、あずさも千早も仕事、双子は学校の友達と旅行だって言うし、美希は音信不通だし・・・
どうやら暇なのはアンタたちだけみたいね。」
「暇って、ひどいな。伊織がどうしてもって言うから仕事を休んだんじゃないか。」
「でも、九州に行くのって私初めてだから楽しみです。」
「そうね〜、私も九州は仕事で福岡に行ったことがあるくらいだから、大分に、しかもタダで行けるってのは楽しみね。」
「感謝しなさいよね。全部私の叔父さんのおかげなんだからね?!」
「むしろ感謝されるのはボクらの方じゃないの?伊織ってば、『年の近い人がいないから憂鬱だわ〜』とか言ってたじゃない?」
「う、うるさいわね!」
彼女らの話をまとめるとこうなる。
毎年恒例となっている、伊織の叔父である水瀬邦晴の誕生日パーティが九州は大分県にある“角島”で開かれることになったのだが、今年は親族のほとんどが用事のため集まれず、伊織と年の近い相手が彼女のいとこであり、邦晴の娘・水瀬早織しかいない。おまけに、伊織はなんとなく早織に対して苦手意識を持っているため、そんな中に一人でいることは「息苦しい」。そう思った伊織は、片っ端から年の近い知り合いに手紙を出し、なるべく多くの同世代の人間を集めようと奔走していた、というわけなのだ。
ちなみに彼女らの会話に出てきた765プロのアイドルたちの紹介を少しばかり。天海春香と高槻やよいはユニット“Sky High!”を結成している新人アイドル。三浦あずさは律子と同期の第1期アイドル生で現在も現役活躍中の765プロ最年長アイドル。如月千早も第1期アイドル生としてデビューした絶世の歌姫、その歌唱力とクールな印象から特定のファンの根強い支持を受け続けている。双子の双海亜美・真美は、765プロ最年少で第3期アイドル候補生の1人、現在はアイドルデビューするべく厳しいレッスンの毎日を送っている。もう1人の第3期アイドル候補生が星井美希。“未完のビジュアルクイーン”として将来を有望視されている、期待の新人アイドル候補生である。
今回のパーティに参加することになったのは、伊織・律子・真・雪歩の4人。
主要なメンバーは揃った。あゆたちとアイドルたちはこれから“角島”に渡り、とある事件に巻き込まれることになる・・・
かの風変わりな建築家の建造物を参考にして作られた、水瀬邦晴の設計した館「五角館」。
呪われているのは角島なのか、それとも・・・?