―――風華町、風華学園の寮へと続く道。
「何、あなた一体何者なの?!」
突然宗像詩帆と楯祐一の目の前に現れた金色の髪の少女。
「知る必要は無いです。」
金色の髪の少女はそう言うと、右手に蒼色の大太刀を具現化させ、詩帆に襲いかかってきた。
「なっ?!あなた、まさか…?!」
「おいおい、こりゃ一体どうなっ……!」
2人は驚く暇もなく、その大太刀の“腹”で殴られ、吹き飛ばされる。
「きゃあああああああああああっ!!」
「ぐっ………!!」
「さぁ、詩帆さんアナタの“欠片”、返してもらいますよ?」
金色の髪の少女は大太刀を振り下ろし、詩帆の胸を貫こうとしていた。
「詩帆に手を出すなああああああああああああああああああああああああっ!!」
彼女の背後で体勢を立て直した楯が、持っていた竹刀で少女に向かっていく。
「…アナタは今回は必要ありません。だから、消えなさい!」
楯の方に振り返った少女はそう言うと、左手を楯の方にかざす。すると、その掌に“欠片”が現れ、
「出なさい!聖ヴラス!!」
そう言うと、“欠片”からシスター紫子の“チャイルド”であった、チェスで言うところのポーンを模した一角獣“聖ヴラス”が現出した……!!
「なっ、……これは、まさか…?!」
「しばらく、眠っていてもらいますよ?」
“聖ヴラス”の能力は相手に都合のよい幻覚を見せること。これにより、相手を一時的に戦闘不能にし、相手を狩る。相手にすればこの上なく厄介な相手だ。
「あ…、くっ…、し…詩帆………」
楯はその場で崩れ落ちた。
「お、お兄ちゃあああああああああああああああああん!!」
「心配はいらない、ただ眠っているだけだ。さあ、次はアナタの…」
「……よくも、お兄ちゃんをっ……!
うああああああああああああああああああああっ!!ヤタガラス!!」
詩帆が叫ぶと、その彼女の背後に大きな黒い烏を模したチャイルド“ヤタガラス”が現出した。かつての“蝕の祭”では、この“チャイルド”に操られる形でその身の暴走に任せた詩帆であったが…
「こいつを…、お兄ちゃんを傷つけたこいつをやっつけてええええええええええっ!!」
その思いのままに叫ぶ詩帆の命を受け、金色の髪の少女に襲いかかる“ヤタガラス”。
「やる気になったみたいだね。だけど、力任せの攻撃じゃあたしには勝てないし、そもそも今のあたしでも“ヤタガラス”よりは力が上……!」
少女は焦る気配も無く、あっさりと“ヤタガラス”の攻撃を大太刀で受け止める。
「ヤタガラ…ッ!」
「遅い!」
すでに金色の髪の少女は詩帆の背後に回っており、
「思ったより時間はかかりましたが、チェックメイトです。」
彼女の持つ大太刀が、詩帆の胸を貫く。
すると、詩帆の胸より光り輝く水晶のような正八面体の形をした“欠片”が出てきた。
「これで、3つ目…」
金色の髪の少女はその“欠片”を手にすると、文字通り姿を消した……
「ということは、お前が来た時にはシスターが倒れていて、金色の髪の少女がそのそばに立っていた、というんだな?」
風華学園の教会と理事長邸へと続く道の半ば辺りの森の中で、黒髪ロングの少女・玖我なつきが隣に立つ赤毛のショートヘアの少女に尋ねる。
「ああ、そうだよ。それから、そいつとしばらく戦ったんだけど…、なんて言うか、つかみどころのない相手だった……」
結城奈緒が答える。
あれから、楯から連絡をもらった鴇羽舞衣、奈緒から連絡をもらった美袋命の2人は、なつきに事情を説明し、舞衣と命は楯の元へ向かい、なつきは一緒にいた夢宮ありかを一旦寮まで連れて行き、奈緒の元へと向かうことにしたのだった。
なつきが奈緒の元へ辿り着いたとき、奈緒は生気を失ったシスターを抱えていた。シスターの容体は、息はしているものの、声をかけたりほほを叩いてみても全く反応がなく、文字通りもぬけのカラ、といった感じだった。
「ともかく、奈緒、お前が無事で良かった。
にしても、“媛星”が復活した、と言うのか…?それにしては今は見えないようだが…」
なつきは空を見上げてつぶやく。
「なんだい、あたしの言うことが信じられないって言うのかい?」
「いや、信じるさ。何より、今目の前で気を失っているシスターと、やはり同時刻に襲われたという詩帆の件があるしな。」
「シスターに詩帆に、それからあたし…。
襲った犯人は同じ“金色の髪の少女”、か…。一体どうなってるんだろうね…?」
「分からん。そこも解せんところだ。同時刻、別の場所で同じ人物に襲われるなど、ありえんことだ。まぁ、似ているだけで別人と考えるのが普通か…?」
「そうなると、何らかの方法で“媛星”を復活させ、あたしらを狙ってる敵が少なくとも2人はいる、ってことだね?」
「…2人と言うことはまず無いだろうな。恐らく背後に巨大な組織がついているハズだ。
……それこそ“一番地”のような…」
なつきはきつく唇を噛みしめる。かつて、“蝕の祭”を蔭から遂行させていた、闇の組織“一番地”。なつきにとって、“一番地”は母の敵として忌むべき存在であった。
「だけど、“一番地”は壊滅しちゃったハズでしょ?」
奈緒の言うとおり、“一番地”は2年前の“蝕の祭”の際に実質壊滅した。
「……ともかく、今はまだ情報が乏しい。とりあえず舞衣たちと合流しよう。そして、その他の“HiME”だった者たちとも連絡をとろう。
ひょっとすると、他にも狙われたものがあるかもしれん…」
「とりあえずあかねちゃんと晶くんとは連絡がとれたわ。二人とも無事みたい。で、あかねちゃんの護衛役ってことで、命を向かわせたわ。晶くんはこれから理事長邸に向かうって。ただ、相変わらず碧ちゃんとは連絡がとれないけど…」
「相変わらず碧センセは教授とラブラブ遺跡発掘の旅に出てるってわけ…?うらやましい御身分だねぇ〜。
こっちはアリッサちゃんと深優さんに連絡がとれた。アリッサちゃんらも理事長邸に来るってさ。シスターのことを聞いた石上センセも来るみたい。雪之執行部長には会長が連絡をとってくれて、これから珠洲城サンと一緒に理事長邸に向かう、だってさ。」
理事長邸に向かう道中、詩帆を背負った楯と舞衣と合流したなつきと奈緒(シスターはなつきが背負っている)。詩帆もやはりシスターと同様息はしているものの、何の反応も示さない。
楯の表情には悔しさがにじみ出ていた。自分がいたのにまた詩帆を守れなかった、その思いでいっぱいなのだろう。そんな楯を心配そうに見つめる舞衣。今の楯に自分は何ができるのか、必死に考えていた。
その他の“HiME”たちだった少女たちの無事を確認した彼女らは、事件の詳細と今後の対策を考えるため、理事長邸に集まることになった。
ちなみに、彼女らの会話の中に出てきた“碧ちゃん”というのは、舞衣が高校1年の時の臨時担任で“HiME”の一人でもあった、自称“じゅうななさい”の杉浦碧という女性のことだ。彼女は自らの恋する人物、大学の佐々木教授のもとで遺跡発掘の旅に出ることがしばしばあった。たまに風華町に戻ってきては、舞衣の働くリンデンバウムで臨時アルバイトとして働いていた。
現理事長である姫野二三は、かつては“HiME”として、そして何より300年前の祭の勝者“水晶の姫”であった風花真白の魂を宿した“チャイルド”を操っていたものとして、そして真白の心の支えとなっていたものとして、“HiME”の中の誰よりも内情に詳しかった彼女。そんな彼女だからこそ、今回の件も何か知っているのではないか、そのような考えがなつきらの中にはあった。
「ところで、静留さんは…?」
「ああ、藤乃…サンへは今会長が連絡とってるよ。」
奈緒が首だけをなつきの方へやる。その先で、なつきはかつての風華学園生徒会長・藤乃静留の安否を確かめるべく、彼女に電話をかけていた。
本州、K市にあるK大学にある、茶道研究会の茶室。
和服を着こんだ美しき女性・藤乃静留は、かなり遅い時間まで残っていた。一人で物思いに耽りたいときなど、よくこうして夕方遅くまで茶室に残って、一人静かに茶をたてているのだった。
そろそろ帰ろうかと帰る支度を整えていた時、不意に何者かの気配を背後に感じた。
「…何者どす?」
「…………………………」
「そこにおるんは分かってますえ?隠れとらんと出てきおし!」
と、静留は茶室に飾り物としておいてあるイミテーションの刀を手に掴み、背後の障子へと向かって振り下ろした。
決して切れるはずのないイミテーションの刀で切られた障子は、一刀両断され、月明かりが茶室へと注がれる。そして、その障子のそばにいた人物は…
「アナタと直接お会いするのは、これが初めてになりますかな、藤乃静留嬢…?」
金髪でメガネをかけたスーツ姿の、明らかに日本人ではない男がそこに正坐していた。
「……アンタ、まさか…」
「そう、私はシアーズ財団広報四課主任、ジョン・スミスと申します…」
「シアーズの方が、ウチになんのようどす?」
静留は障子のそばに正坐していた人物に向かって尋ねる。
ちょうどその時、静留のカバンの中に入っていた携帯電話のバイブレーション音が茶室に響く。静留は一瞬そちらに目を向けるが、それよりも突然現れたシアーズ広報四課主任と名乗る人物から目を逸らすべきではないと思い直し、彼の方へ再び目を向けると、
「電話が鳴っておられますよ?お出にならないんですか?」
「…………………」
なおもジョン・スミスから目を逸らさない静留。
「私に構わず、出てもらってかまいませんよ?私は逃げも隠れもしませんし、何より…」
そこでジョン・スミスは一旦息をつくと、自身を真っ向から見据える静留を鋭く睨み返し、
「…アナタの愛しの玖我なつき嬢からの電話でしょうからね。」
その一言に、驚きのあまり目を見開く静留。
「なつきから、やて…?
……アンタになんでそないなことが…?」
「……私がこちらに伺った理由が分かると思いますよ?」
有無を言わせぬ調子で言い切るジョン・スミス。
静留はいぶかしみながらも、なつきからの電話という発言と、彼がここに来た理由、というのが気になり、彼から意識を逸らさぬようにしつつ、今も鳴り続けている携帯電話をカバンの中から取り出す。
果たして、電話の相手は彼女の後輩にして“親友”の玖我なつきであった。
「もしもし、静留か?」
「もしもし、なつきどすか?アンタから電話かけてくるやなんて、なんや珍しおすなぁ〜。
なんかあったんどすか?」
なつきはようやく出た相手に内心ホッとしつつも、平静を装って要件を伝える。
「静留、落ち着いて聞いて欲しいんだが……」
なつきは静留に今日起こった顛末を伝えた。
「……そないなことが…あったんか…」
「ああ、それで静留の方は…?」
「ウチの方は大丈夫どす。何も変わったことは起こってまへんえ。」
「そうか、それは良かった。だが、犯人の正体も目的も分からない以上は安心できんからな。いや、むしろ静留もいずれは狙われることになるのは間違いないと思う。それで…」
なつきは、静留に「一人よりも皆で身を守るために、風華へ戻って来れないか?」と聞こうとしたのだが、なつきのセリフは終わる前に静留が
「そうやな、仕事が済めばそっちに迎えますえ。前回は皆で戦いあう結果になってしもうたけど、今回はそないなことにならへんように、“HiME”同士で力を合わせる必要がありますやろな。」
「静留…」
静留の考えが自分の考えと同じであったことに安心し、フッとほほ笑むなつき。
「ところで……」
静留はそう言うと、コンコンと通話口をノックする。その音になつきはハッとした表情を見せ、続く静留の言葉に耳を傾ける。
「四月どすな〜。」
「なんだ、どうしたんだ?」
「アンタと花見でもしたいな〜思いまして。」
「何をいきなり?……今はそんな時ではないだろう?」
「ずっと、会うてへんのやし、風華に戻ったら時間見つけて花見せえへんか?」
「無理に決まっているだろう?!」
「がっかりやなぁ〜……」
「……この件が終わればいくらでもしてやるさ。」
「きっとやで。」
「ああ、分かったよ。」
「楽しみにしてますえ♪」
そこで静留は再び電話口をノックした。
「ほな、こっちの用事が済み次第風華に向かいます。」
「ああ、了解した。…風華に来るまでにやられないでくれよ……?」
「ウチのこと心配してくれてるんか?何や、嬉しいわぁ〜。」
「…本当に気をつけてくれよ?
それじゃ、電話を切るぞ。これから今後の対策を練らねばならないからな。」
「了解どす。ほな、また…」
「…終わりましたか?」
なつきとの通話を終えた静留に話しかけるジョン・スミス。
「………改めて聞きます。シアーズの方が、ウチに何のようどすか?」
静留は先ほどよりもきつい口調でジョン・スミスに尋ねる。
「我々と一緒に来てもらいたいのです。ミスなつきからお聞きのことと思いますが、我々はあなた方“HiME”を狙っております。……ミスなつきも当然我々の狙っている対象となっております。ですが、アナタが我々のもとに来てくれるのなら、ミスなつきの扱いについては考えさせていただきたい、とこう考えております。」
「アホなこと言いますな。ウチら“HiME”を狙ってる言うんなら、なつきだけを見逃す道理はあらへんやないの?
大方、なつきをエサにアンタらにとって強敵や思われるウチの力を早めに奪っておくことが目的、なんやろ?」
静留の“チャイルド”である“清姫”、その力は舞衣の“チャイルド”である全“チャイルド”最強の存在“カグツチ”に匹敵するほどの大きさと力を持つ、六頭の龍のような“チャイルド”である。
「確かに、アナタの力が我々の計画を脅かす最大の脅威であることは否定しません。そして、ミスなつきを引き合いに出したのも、全くもってアナタの言う通りの理由です。」
「ほな……」
「しかし、ではアナタはミスなつきを見捨てると言うのですか?アナタと我々の交渉が決裂すれば、我々は真っ先にミスなつきを襲いますよ?」
静留の顔がゆがむ。自分がどうこうされるのなら耐えられる。だが、なつきに危険が迫っているとなれば……
「我々についてきてくれるのなら、妥協案は提案いたします。我々の目的さえ遂行できるのならば、ミスなつきの命は助けてさしあげます。そのために今のアナタが採るべき最善策は、我々と一緒に来てもらうことなのです。」
今ここで下手に動けば、間違いなくコイツらはなつきを襲うだろう…。そう考えたとき、静留の出すべき答えは一つしか無かった。
「…エスコートよろしく頼みますえ?」
「歓迎いたしますよ、ミス静留。」
ジョン・スミスは立ち上がり、慇懃に頭を下げた。
「ねぇ、楯先輩。一応あらましは聞いているんだけど、謎の少女に襲われた状況をあたしにもう1回説明してくれないかしら?口伝えで聞くよりも、状況が整理しやすいから。」
電話をしているなつきを待っている間、奈緒が楯に話しかける。
「奈緒ちゃん、でもそれは…」
舞衣は楯の心中を察して、奈緒に注意をしようとするが、
「いや鴇羽、いいんだ。そうだな、…結城も例のやつに襲われた、って話だったよな?だったら、2つの事件の状況を詳しく知っておけば、事件解決に役立つだろう。
…っても、俺自身途中から幻覚見せられちまったから、詩帆がやられたところは見てねぇんだけど……」
そう言うと楯は唇をかんだ。
「楯…」
「幻覚、だって……?そいつは一体…?」
奈緒が詳しく聞こうとしたとき、ちょうどなつきの電話が終わったらしく、
「その話はあとで理事長邸に着いてから詳しく聞こう。他の皆とも情報は共有した方がよいからな。」
「全く、情けない話だよな…」
理事長邸へと向かう道中、楯がふいに舞衣に話しかける。
「あの時は俺が詩帆から離れたから詩帆を守れなかった。今度は俺が付いていながら、また詩帆を守れなかった…
本当に……、俺は何をやってるんだか…」
2年前、シアーズが学園を占拠した時に、楯は舞衣たちの力になるために、退去命令が出ていた学園に一人戻るため、森に詩帆を残して行った。結果、詩帆は大けがを負ってしまった。
「楯のせいじゃない。楯は詩帆ちゃんを守ろうとしたんでしょ?それだけでも立派だよ。
あたしたちには“力”がある。楯みたいな一般人が敵うような相手じゃないもん…」
舞衣は傷ついた恋人を励ます。
「でも…、それでも俺は……」
「ねぇ、楯。今は後悔している場合じゃないと思う。」
舞衣は楯を見据えて言う。
「詩帆ちゃんは助けられなかった…
でも、まだ死んだわけじゃない、目を覚まさないだけでまだ生きてる。
だから、今は後悔するよりも事件の犯人を捕まえるのが先。きっと、犯人なら詩帆ちゃんたちの意識を取り戻す方法を知っているハズよ。
楯の見たって言う“欠片”とシスターの“チャイルド”。このことがシスターが目覚めない理由と関係あるのなら、犯人は知っているハズだよ。」
「鴇羽……
そう、だよな。スマナイ、後ろ向きになっちまって。そうだ、まずは犯人を捕まえることが先だよな。そのために、俺の見たことが役立つのなら、俺の存在は無駄じゃなかったってことだ、そうだよな、鴇羽?」
「その意気よ、楯!」
舞衣はとびっきりの笑顔を楯に向ける。
その会話ので舞衣は考えていることがあった。
シスターと“欠片”から現れた“聖ヴラス”。そしてこれから理事長邸にやってくるという石上先生。
詩帆と今自分の隣を歩いている楯。
奈緒とその“チャイルド”。
一度出現し、再び消えた“媛星”。
そして、シスターや奈緒、詩帆らの前に現れたという金色の髪の少女。
今回の“祭”のシステムは、今までのそれとは全く違う……?
理事長邸に辿り着いた舞衣、なつき、奈緒、そして楯。
彼女らが辿り着くと同時に、理事長邸の前に立っている木の上から忍者服に身を包んだ少女・尾久崎晶が降り立った。
「あら、晶君も今来たところ?」
「あ…、えっと…鴇羽先輩…」
何故だか頬を染め、目を逸らす晶。
「あら、人前だからって他人行儀にならなくてもいいのよ?いつもみたいにお姉ちゃんって呼んでもらって…」
「わああああああああああああああああああああああああっ!!
そっ、そんなことより事件の詳細を俺は知るためにここへ来たんだ!早く中へ入るぞ!!」
「へぇ〜、晶クンってば普段は鴇羽センパイのことそんな風に呼んでるんだァ〜。」
「じゃあ俺はお兄ちゃんかぁ〜。」
「キッ……キサマラァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ……!!」
真っ赤になって今にも噴火しそうになっている晶が両手に手裏剣を構えたとき、
「オイおまえら、今はそんな漫才をしている場合ではないだろう?さっさと中へ入るぞ。」
あくまで冷静ななつきが理事長邸の扉に手をかけながら言う。
「分かってるわよ、ちょっとした冗談だって。」
「全く、こんな状況でよく冗談なんかできるな…」
「こんな状況だからこそ、よ。」
いつになく真剣な表情の舞衣。その表情をなつきはかつて見たことがあった。それは、2年前、最後の戦いに赴く時の……
「……今回も頼りにしてるぞ?」
なつきはそうつぶやくと、扉を押しあけ、中へと入って行った。
舞衣たちが理事長室に入ったとき、そこにはすでに姫野二三理事長の周りに菊川雪之、珠洲城遥、アリッサ・シアーズ、深優・グリーア、そして石上亘が待機していた。
石上はなつきに背負われたシスターの姿を見て、泣き叫ぶのだった。その様子をその場の全員がいたたまれない様子で見つめていた。
とりあえず理事長邸の一室に布団をしき、そこにシスターと詩帆の2人を寝かせ、シスターのそばを離れたくないという石上をその部屋において、残りの者は理事長室に集まった。
そこで、楯と奈緒の経験したことが全て話された。
「奈緒が聞いた少女の“力を返してもらう”というセリフ、そして楯の見たという“欠片”とそこから出現したというシスターの“チャイルド”…
これらの表す意味として考えられるのは…」
「犯人の目的はあたしたちの“HiME”の力、そしてその力を“欠片”としてあたしたちから奪おうとしている…」
奈緒と楯の2人の会話から、その場の皆が出した結論。
「おまけに、犯人はその奪った“欠片”を使うことで他の“HiME”の能力を自由に使えるようですね。」
「ってことは何、もしあの場であたしまでヤラレテたらあたしの力を使ってさらに犯行に及んでたかもしれない、ってこと?」
「それにしても、犯人は一体何者なんだ?そもそもどうやって俺たちの力の源である“媛星”を復活させたんだ?!」
「例の“位置バッチ”とかいう組織が絡んでるんじゃぁないの?!」
「“一番地”だよ遥ちゃん…」
「でも、“一番地”は2年前に静留さんが壊滅させたハズです。残党は残っているにせよ、彼らにもはやこれだけのことをやってのけるだけの力が残っているとは思えません…」
「だとすると、“一番地”に匹敵するだけの力を持っていて、“HiME”の力を手に入れようとしている組織は………」
そこで皆の目が金色の髪の少女に注がれる。
「…“シアーズ財団”しかない、そうですね?」
アリッサはその歳相応でない落ち着いた態度で皆の視線を受け止め、あっさりとその事実を認めた。
「しかし、私もアリッサお嬢様も今回のような事件のことは何も聞かされておりません。」
「だろうな。やつらの目的が私たち“HiME”の力を集めることならば、まがい物とはいえ、アリッサも標的とされるべきだからな。標的相手に情報はもらさんだろう。」
「そんなことより、皆は気にならない?」
と、舞衣がその場の全員を見回しながら尋ねる。
「気になる、とは…?」
「今回のシステムのこと。」
「…それはあたしも気になっていたよ。」
そこで二三が皆の考えていることを代弁するかのように話しだす。
「今までの“祭”において、“HiME”がその力を行使するには“HiMEの紋章”と、“想い人”の存在が必要でした。“HiMEの紋章”を持った者が、“想い人”への“想い”を媒介とし、“媛星”から力を得、その力を“エレメント”や“チャイルド”という形にして行使していました。そして“チャイルド”が倒されると、“HiME”は“媛星”からの力の供給を受けられなくなり、同時に媒介であった“想い人”が消えてしまう。そういうシステムでした。
しかし、今回の事件はどうも今までの“祭”とは明らかに性質が違うように思えます。まず、“媛星”の存在。これはどうも金色の少女の出現と関係しているようです。彼女が望んだ時に“媛星”が出現し、その時に初めて私たち“HiME”も力を使えるようになる。現に今の私たちには力は使えません。そして何より、今回の戦いにおいては“想い人”が力の媒介となっていないようである、ということです。」
そこで言葉を切る二三。理事長室に沈黙が訪れる。
その沈黙を嫌ったかのように、代わりに口を開く舞衣。
「奈緒ちゃんが聞いた“今日の目的は済んだ”というその金色の髪の女の子のセリフを信じるなら、シスターと詩帆ちゃんは“力を奪われた”、彼女の立場から言うと“力を返してもらった”ことになる。」
一旦言葉を切る舞衣。その続きをなつきが続ける。
「“HiME”が力を失う、即ち“チャイルド”の消滅。“チャイルド”が消えれば、当然“想い人”も消える、それが今までの“祭”のルールだった。だが、今回は…」
その後を奈緒が続ける。
「シスターの“想い人”である石上センセも、詩帆の“想い人”である楯センパイも消えていない…」
そして雪之が口を開く。
「つまり、今回の戦いにおいて力を行使する際に“想い人”の存在は必要ない。その代わりに、金色の髪の少女が持っていたという“欠片”、これが必要なんじゃないか…?」
「とりあえず今後のことはどうしましょう?」
二三が皆に尋ねる。
なつきは一瞬窓の外に目をやった後、奈緒と晶の方に向き直り言う。
「そうだな、とりあえず晶と奈緒には情報収集を頼む。風華学園周囲で例の金色の少女の目撃情報がないか、などを調べてくれ。金髪の少女となるとそうとう目立つだろうからな。」
「了解〜。」
無言で頷く晶。
「雪之と舞衣、それから命とあかねにも頼んで欲しいんだが、お前たちは二手に分かれて学園警備を任せたい。“媛星”が現れれば即対応してもらいたい。そのための情報統括を理事長、お願いします。」
「オッケイ、分かったわ。」
「了解しましたわ。」
「分かりました。」
「心配しないで、雪之!こうなった以上は私もとことん付き合うわよ!!」
「えっ?!でも遥ちゃん、大学の方は…?」
「そんなもんどーでもいいのよ!今はアンタたちの方が重要でしょ?!そりゃあ、私には力は無いけど、それ以外のことなら役に立てるわ。例えば、いざ事件が起きたときに無関係の生徒が巻き込まれないよう誘導するくらいのことはね。」
「珠洲城先輩、俺もその役目を手伝っても構いませんか?俺だって何かをしたいんです。」
「いいわよ、人手は多い方がいいからね。」
そして、なつきは最後に残ったアリッサと深優の方に視線を向ける。
「それからアリッサは私と行動してもらう。どうしても調べておきたい場所があるのだ。」
「え?!」
「お嬢様と…?!しかし、お嬢様には私が…」
「深優には別件で頼みたい件があるんだ。非常に大事なことで、お前にしか頼めないことなんだ。受けてもらえるか…?」
「………条件があります。」
「アリッサのことは心配するな。私が、命に代えてでも守ってみせるさ。」
そこでなつきはアリッサの頭に手をおき、アリッサの頭をなでてやる。
「もう誰も失いたくないからな…」
「なつき、さん…?」
「分かりました。貴女を信じましょう。それで、その頼みたいこと、とは…?」
「初めまして、メイさん!あたし今日からお世話になる…」
「夢宮ありかさんでしょう?知っているわ。それよりも、これから学園生活を送るにあたって、今後今回のような…」
「うわぁ!これがあたしのベッド?!うっひゃあ〜〜!フッカフカだぁ〜!!」
「…って聞いてないし…!」
なつきに連れられて、夢宮ありかはようやく風華学園女子寮に辿り着き、ルームメイトである春妹(チュンメイ)に紹介された。妹はなつきに「ありかと出会った時に、ずっと彼女を待っていた自分に連絡を寄越さなかった」ことに関して説教をし、ありかには「今後遅刻しそうなことがあれば事前連絡を入れる」よう言おうとしたのだが、すでにありかはこれから自分が住むことになる部屋の方に注意がいっていて、自分のために用意されたベッドでピョンピョンはねていた。
「あ、そうだ。メイさん!」
「……なに?」
ありかがベッドで飛び跳ねながら妹に話しかける。
「あたし、明日からバイトとかしたいんですけど、何かいいバイトとか知ってますか?」
「さぁ…。私はバイトとかしてないから…、そうね、今日はもう遅いからあれだけど、明日の朝舞衣さんにあって聞いてみたらどうかしら?」
「舞衣さんに?」
「ええ。バイト好きな彼女なら何かいいバイト紹介してくれるかもしれないわ。」
「そっか〜。ありがとう、メイさん!」
「そんなことより、いい加減ベッドで飛び跳ねるのは…」
「………ク〜〜…」
「…って寝てるっ?!ちょっと、寝ながらベッド飛び跳ねるなんてどんだけ器用なことしてんのよ?!起きなさいっ!!」
妹の苦労は始まったばかりである………
翌日の早朝、舞衣の部屋――――――――。
ちょうど舞衣が朝食の用意をしていた時に、妹を半ば強引に引っ張ってやってきたありか。バイトを紹介してくれるよう頼みに来たのだが、要件を切り出す前にありかの腹の虫がこれ以上ないくらい見事に鳴り響いたため、
「よかったら、朝食食べていく?妹ちゃんも一緒にどう?」
ということになり、舞衣、命、ありか、妹の4人で卓を囲っている状況である。
もともと料理好きでたくさんの人に自分の料理を食べてもらえることが嬉しく、終始笑顔な舞衣。ただひたすらに目の前の料理をおいしい、おいしいと言って食べつくすご機嫌なありか。そのありかに自分の食い分が取られないようにと、いつも以上に殺気立っている命。ただでさえ朝早くから押しかけて迷惑をかけているというのに、おまけに朝飯まで御馳走になっていしまっているこの状況に対し、ただひたすらに恐縮しきっている妹。四者四様の様相を示す朝食の風景であった。
「ありかちゃんバイトを始めたいの?」
朝食を食べ終え、ようやく本題に入ったありか。
「ハイ、あたし奨学金をもらってこの学校に入学したので、あんまりお金持ってないんです。だから、生活費なんかはバイトをして稼がなきゃいけなくて…」
「それならちょうどよかったわ。今あたしが働いているバイト先で働いてみる?」
「ハイ、どんなバイトだってやってみせます!」
「よし、決まりね♪」
「ありがとうございます、舞衣さん。朝からやってきて面倒をかけて…」
「もう、妹ちゃんってば本当にお堅いんだからぁ〜。全然気にしてないよ、あたしは。」
「そう言ってくれると助かります。」
妹は律義に頭を下げる。
「ほら、ありか!アンタもお礼をいいなさい!」
「ありがとうございます、舞衣さん!!」
「それじゃあ、とりあえず店長に連絡して頼んでみるね。」
そう言うと舞衣は携帯電話を取り出し、彼女のバイト先・リンデンバウムへ電話をかけるのだった。
電話で確認したところ、早速今日体験学習の形で働いてみないか、ということになった。
舞衣に連れられてリンデンバウムへとやってきたありかと、ついでに付いてきた命。妹は生徒会の用事で先に風華学園に向かった。
「うわ〜、これがここの制服ですか〜?!かわいいですね〜!!」
「似合ってるわよ〜、ありかちゃん!」
リンデンバウムの制服に身を包んだありかと舞衣。命は朝から御飯を5杯もたいらげたくせに、2時間と経っていない今、早速イチゴサンデーを3杯も頼んで食べている。
「それじゃあありかちゃん、あたしは午後から用事があるから、午前中の間だけあたしが指導するから、午後からは他の皆に習ってね。」
「ハイ、分かりました!!」
こうしてありかのバイト初日は始まったのだが、彼女の働きはなかなかのものだった。注文の受け取りに関してはまだまだなものの、食器運びの腕にかけては超人なみだった。両手に食器を山積みに抱えても全くバランスを崩さないそのバランス感覚を買われ、専ら食器運び専門となった。
春休みなため風華学園の生徒が多く、朝から満員御礼のリンデンバウム、ベテランの舞衣が注文をもらい、食事をありかが運び、空いた食器を片づけ、あかねが会計を行う、このサイクルで午前中はなんとか切り抜けた。
そして息つく間もなく昼食の時間帯へと入っていくわけだが、ここからはバイトの人数も増えてくるため、休憩時間をもらい奥の控室で小休止する舞衣とありかとあかね。舞衣とあかねに関しては、例の件のため今日は午後以降のシフトを休みにしてもらっていたため、リンデンバウムの制服を脱いで風華学園の制服に着替えていた。ちなみに、命はマンゴーパフェの4杯目を注文して食べていた。
「いや〜、ありかちゃんなかなか頑張ってたわね〜!」
「あ、ありがとうございます!それにしても体力には自信があったつもりだったんですが、さすがに疲れましたぁ〜〜…」
「お疲れ様、ありかちゃん。私と舞衣ちゃんは今日はこれで終わりだけど、午後からも頑張ってね。」
「ハイ、あかね先輩!任せてください!!」
「うん、心配なさそうね。それじゃああかねちゃん、あたしたちはそろそろ行こっか?」
「うん。それじゃあお店の外で待ってもらえる?私、和君に挨拶してくるから。またね、ありかちゃん。」
そう言うとあかねは控室を出て、今日は厨房に入っている倉内和也のもとへと走って行った。
「あ、あたしも命をいい加減止めなきゃ!あの子ってば放っておくと店中の食べ物食い尽くしちゃうから!それじゃあありかちゃん、午後は任せたわよ!」
「あ、ハイ!お疲れ様です!」
舞衣もまた控室を出て行った。
そうして控室に一人残ったありか。控室の窓からチラッと空を見上げる。そこからは薄っすらと月が見えた。
「さてと、午後も頑張らなくっちゃ!」
そう言って思いっきり伸びをするありか。決意も新たに、午後のシフトへと入っていくのだった。
「お待たせ、舞衣ちゃん。」
「けっこう長かったわねぇ〜。まったく、本当にラブラブなんだからぁ〜。お別れのキスもしてきたぁ〜?」
「ちょ、舞衣ちゃん!そ…、そこまではしないよぉ〜〜……!」
リンデンバウムの外であかねが出てくるのを待っていた舞衣と命。別れの挨拶をするだけで5分も時間がかかったあかねに対して、意地の悪い言い方をする舞衣。からかわれたあかねは真っ赤になって恥ずかしがり、隣で命は腹いっぱいサンデーやパフェを食ったことで満足げな表情を浮かべている。
「ところで、昨日の話なんだけど……」
舞衣は昨日あった出来事をあかねに話した。シスターのこと、詩帆のこと、奈緒が襲われたこと、襲撃者のこと……
「そんな………“蝕の祭”は終わったんじゃなかったの…?!」
当然の疑問を口にするあかね。
「それは…、皆も思ってる。2年前に静留さんが“一番地”を滅ぼし、皆が“媛星”を破壊して、あたしと“カグツチ”が“黒曜”を倒した…
それは間違いないハズなの。間違いないハズなのに……」
「とにかく、犯人を見つけ出す。そしてシスターや詩帆を助ける。理由や原因の解明はその後でいい。そうだな、舞衣?」
珍しくまともな意見を言う命。2年前は本能で行動していた彼女だったが、この2年で彼女も大分精神的に大人な考えが出来るくらいに成長したのだ。
「そうだね、命の言うとおりだわ。犯人の捜索は今奈緒ちゃんたちが行ってるハズよ。なつきも別方向から調べてるみたいだし。あたしたちはとりあえず学園の警備を頼まれてるわ。無関係の人が巻き込まれないとも限らないし、“媛星”がまた現れた時に迅速に動けるように。」
「うん、分かった。私にどれだけのことができるか分からないけど、2年前みたいに迷ったりはしない。何より、和君が待ってくれてるから負けられない……!」
「ん!大丈夫だ、あかね!わたしがお前を守ってやるぞ!」
「ありがと、命ちゃん。」
昼の時間帯でにぎわい始めた街並みをいく3人。
今日は快晴だった。
風華学園、生徒会室――――――――。
舞衣たちがリンデンバウムで働いている頃、なつき、奈緒、雪之、遥、晶、アリッサ、深優、楯、そして妹(メイ)の9人が生徒会室に顔を揃えていた。妹には“HiME”の件とは全くの無関係だが、今後学園に被害が及ぶかもしれないことを考えると、なつきに代わって生徒の避難などの指示を迅速に出せるように、生徒会副会長である妹は事件のことを知っておくべきだという遥の意見もあってこの席に参加している。これは、2年前、遥が事件の本質を知らなかったばかりに、生徒の安全を完全には守りきれなかったことに対する経験からくる意見だった。
「それでは、昨夜も大まかな役割は決めたが、もう一度各自の役目を確認しておく。
まずは雪之と珠洲城…先輩に妹、楯、それからここにはいないが舞衣、命、あかねには学園警備を頼む。有事の際は、各自現場に近いものから現場にかけつけるように。その際、珠洲城先輩と楯、妹は学園生徒の安全確保のために避難誘導を頼む。雪之はなるべく“チャイルド”の能力を使って状況の把握に努めてくれ。」
「分かりました、会長。」
「オッケイ!終身栄誉執行部長の私に任せなさい!!」
「遥ちゃん、昨日は永久名誉執行部長って言ってなかった…?」
「オウ、任せろ!」
4人が納得してくれたことを確認すると、次になつきは奈緒と晶の方に向き直り、
「そして、奈緒と晶なんだが、昨日頼んだ事とは別のことを頼みたいんだが…」
「ん、分かってるわよ。
………理事長のこと、でしょ?」
「え…、理事長のこと?!」
奈緒の思いがけない答えに雪之が驚いた声を上げる。いや、雪之だけでなく、晶と深優、そしてなつきを除くその場にいた全員が驚いた表情をしていた。
「やはり、奈緒も気づいていたか。…晶も深優も気づいていたな?」
「ああ、なんとなく……な。」
「もちろんです。」
「ねぇ深優、一体どういうことなの?」
アリッサが尋ねる。深優は一瞬答えようとしたが、なつきの方を見やり、なつき自身が説明するという素振りを見せたため、深優は口をつぐんだ。
「昨日の理事長だが、どうも様子がおかしかった。…うまく口では表現できないが、あれは“本物の理事長”ではなかった。」
「本物じゃない…?それじゃ一体……」
「あの時、私は窓の外を一瞬だけ見たんだ。そうしたら、見えたんだよ。月の隣に、“媛星”が……」
「……なっ?!」
「ちょっ…、それどういうことよ?!」
皆なつきの最後の言葉に動揺を隠せない。あの時、理事長室で二三と話していた時、“媛星”が輝いていたという……
「“媛星”が現れていたのは、あたしやシスター、詩帆が金色の髪の少女と闘っていた時だった。それはつまり、その時だけ、“媛星”が輝いている間だけ、あたしもアイツも“HiME”の力を使えるって意味だと思う。」
「そう。そしてその“媛星”が理事長と話している間も輝いていた…、それが何を意味するのか?あの時、命らが襲われたという報告が無いことから考えられる結論は一つ…」
「姫野二三理事長はすでに倒されていて、あの時の理事長は彼女の“チャイルド”の能力によって操られていた“傀儡”だったのではないか…?」
晶が結論を言う。
二三の“チャイルド”の力は“あるモノの意識を別のモノに表出させることができる能力”。2年前においては、その前回の“蝕の祭”の勝者である“水晶の君”の意識を“風花真白”という入れ物に表出させていた。
「理事長の“欠片”を手に入れた敵は、その力で“彼女の意識”の代わりとなる“意識”を理事長に表出させて操っていたのではないか、そういうことですか?」
「ああ。ただ、理事長の能力についてはよく分からない部分も多いので、あくまでも億足でしか無いが……」
「恐らく事実でしょう。あの時の理事長からは脳波が感じられませんでした。シスターや詩帆さんと同じ状態だったのです。」
深優が証拠となる事実を告げる。
「連中の目的が分からない以上、様子を見るという意味であの場での追及はしなかった。」
「ま、実際あの場で追及したところで、シスターの“チャイルド”の力を使われたりしたら、あたしら全員倒される可能性があったわけだしね。」
「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
晶が本題に戻す。
「ああ、奈緒と晶には理事長邸を見張っていてもらいたい。何らかの動きがあるかもしれんからな。」
「了解。」
「分かった。」
奈緒と晶はそれぞれうなづく。
そしてなつきは深優とアリッサの方に向き、
「さて、深優に関しては昨日頼んだ通りのことをしてもらいたい。」
「了解しました。その間…」
「ああ、分かっている。アリッサのことは任せてくれ。
それでは、各自行動に移ろう。舞衣らには私から電話で状況を伝えておく。
では、解散!皆の無事を祈る!」
なつきがそう言うと、皆それぞれの役目を果たすべく、生徒会室を出ていく。残ったのは、妹となつきとアリッサのみ。妹は雪之からの連絡を受け、学園生徒の避難誘導指示を出す係なので生徒会室待機となっている。
「妹、お前には迷惑をかけるが、学園の生徒たちのことは頼んだぞ。」
「分かってますよ、会長。」
それからなつきはアリッサの方に向き直り言う。
「…よし、それではアリッサ、我々も行こうか。」
「ええ、行きましょうか、『シアーズ研究室分室日本支部・人工ヴァルキリー研究室』へ…」
『シアーズ研究室分室日本支部・人工ヴァルキリー研究室』、そこはかつてシアーズ財団が“HiME”能力についての研究を行っていた場所。なつきとアリッサはこれからそこへ向かおうとしている。
風華学園に向かっていた舞衣の携帯電話が鳴り響く。
「お、なつきからメールだ。……なるほど、了解です、っと。」
舞衣はなつきに返信のメールを送ると、隣にいる命とあかねになつきからのメールの内容について説明しようとする。
「あかねちゃん、命、今なつきからメールでね……、ってあれ…?」
気づくと、舞衣の隣には誰もいなかった、いや何も無かった……
さっきまで賑わっていた街の人々も、周りの建物さえ、何もかもが舞衣の周りから消えていた。
「…ちょ、なっ…何なのよ、一体?!何がどうなって…!!」
とっさに舞衣は襟に手をかけ、服をずらして自らの胸元に目をやる。
「…っ!!!!!!」
そこには、“HiME”の証である、紋章が浮かび上がっていた。
「これは、シスターの“チャイルド”の新たな力です。」
と、誰もいなかったはずの空間に何者かの声が響く。
「誰?!」
その声のする方向に目を向ける舞衣。そこには、青い服を着た黒髪でメガネをかけた女性が立っていた。
「“幻想空間の創造”、これがシスターの“チャイルド”である“聖ヴラス”の新たな力です。これは直接あなた方“HiME”の脳内に空間のイメージを見せ、それをあなた方の力を借りて具現化させるものだそうです。」
「…そんな説明は聞いていない。誰なの、あなた?!」
その女性は自らの長い髪を自らの右手でかきあげ、メガネを外して見せた。
「鴇羽舞衣さん、ですね?お初にお目にかかります。私はシアーズ財団によって作られた“乙式高次物質化能力者”、通称“乙HiME(オトメ)”のタイプゼロ、レナ・セイヤーズです。」
レナと名乗った女性は来ていた青い服を脱ぎ捨てる。すると、その下からは黒い戦闘服のようなものに身を包んだ姿が明らかになる。
「な…、シアーズですって……?それに、“乙式高次物質化能力者”、“乙HiME”……?一体どういうことなのよ?!」
「いちいち疑問の多い人ですね。私はあなたに対して戦闘する準備があるのですよ?おしゃべりをしている余裕はないハズです。」
静かに、しかし明確な敵意をもって舞衣を射抜くその眼差し。
「で…でも……」
それでも、突然現れた予想だにしない敵にためらいのある舞衣。なんとか話し合おうとレナの方に向き直る舞衣だが、そこにはすでに彼女の姿は無く、
「よそ見してると死にますよ?」
すでに舞衣の背後に回り込んだレナは、容赦なく舞衣に回し蹴りを放つ!
「きゃあああああああああああああああああっ!」
舞衣はお咄嗟に両腕にリング状の“エレメント”を出して攻撃を防いだものの、ものすごい勢いで飛ばされる舞衣。
「さあ、舞衣さん。私と闘ってください。」
レナはさもダンスに誘うかのような口調で舞衣に戦闘を申し込むのであった。
「やっぱり、理事長サンは“傀儡”だったみたいね。」
理事長邸にやってきた奈緒と晶は、理事長室が見える木の上に登り、理事長室を監視していた。イスに座った二三は先ほどから微動だにしないのだ。
「“媛星”が出ていないから、理事長の“チャイルド”の力も働かず、理事長はシスターや宗像先輩のように意識を失ったままの状態、ってわけだな。」
―――――ザワッ!
「?!」
ふと何かの気配を感じた奈緒は、咄嗟に空を見上げる。
「……なっ、出やがった………!!」
「何だって?!」
月の隣に赤く輝く不吉の凶星、“媛星”。
「理事長は?!」
奈緒は理事長室に目を向けるが、そこには理事長の姿は無く、
「な、紫子さん?!どっ…、どうしっ……うっ…うわああああああああああああああああああああああっ!」
突然響き渡る、美術教師・石上亘の声。彼は昨晩から理事長邸の一室に寝かされているシスターのそばにいたのだ。
パリーーーーーーーーーーンッ!!
叫び声が終わるか終らないかのタイミングで窓ガラスの割れる音。
割れたのはシスターたちが寝かされていた部屋の窓。そこから、2つの影が飛び出していく!
「なっ、何だってんだ?!一体何が起こって……?!」
「分からん!とにかく、部屋に行って………」
「その必要はありません。」
奈緒と晶の背後から突然振り下ろされる鎌!すんでのところで避ける2人。
「アンタは……!」
「理事長?!」
奈緒と晶の目の前には鎌状の“エレメント”を持った姫野二三理事長の姿があった。
「舞衣、あかね、どこだ…?」
舞衣と同様に何も無い空白の空間にいる命。彼女もまたシスターの“チャイルド”の力により、この何も無い空間に閉じ込められたようだ。
「舞衣さんもあかねさんもここにはいませんよ?」
命の目の前に姿を現す、金色の髪の少女……
「えっ……、なんでオマエが……?」
その目の前に立っていた人物は、命が確かに知っている人物だった……
「さあ、あかねさん!あなたの“欠片”を渡してもらいます!!」
「くっ……、どうしてあなたが私を狙うの?!」
舞衣や命と同じく、空白の空間に閉じ込められたあかね。彼女は今トンファー型のエレメントを出し、目の前の少女と闘っている。
「観念なさい!!“ヤタガラス”!!!」
あかねと闘う少女は自身の“チャイルド”である“ヤタガラス”を召喚した。
「あなたも“チャイルド”を出さないと、やられちゃいますよ?!」
「なんで、どうして?!一体何が起こってるの?!どうして詩帆ちゃんが、私を襲ってくるのよおおおおおおおおおおおおおおおっ?!」
あかねは何が起こっているのか全く理解できず、ただただ目の前に迫る“ヤタガラス”から身を守るため、自身の“チャイルド”の名を呼ぶ。
「ハリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
その声に呼応し、虎を模した姿の“チャイルド”があかねの前に出現し、“ヤタガラス”の一撃からあかねの身を守る。
「なかなかやるわね。でも、まだまだこれからよ?!」
「どうして…どうしてよおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
笑みさえ浮かべる詩帆と、涙を浮かべるあかね。対照的な2人の闘いは続く…