―――風華学園。
それは、四国にある小、中、高の一貫学校。創立以来、永い歴史の中で培われた校風を大切にし、新奇に走らず、旧習にとらわれず、各個人の能力や適性を、生徒自らが発見し存分に成長させる様々な機会を提供することをモットーに、学園運営はほぼ全てが生徒たちによって担われている。
だが、この学園が建てられた本来の目的は、300年おきに行われる「蝕の祭」をスムースに執り行う為、「HiME」たちを舞台である「封架の地」に集めやすくする為の口実に過ぎなかった。実際、2年前も「蝕の祭」がこの地で行われたばかりであった。
2年前、「蝕の祭」の終決とともに、理事長であった風花真白が「ここではないどこか」の世界へと帰っていったため、現在の理事長は彼女のメイドでありまた「HiME」でもあった姫野二三が、現在その職務についていた。
春休みも終わりに近づき、新学期も始まろうかという時期、二三は新入生の入学手続きに関する雑務をこなしていた。一通り新入生のデータ整理も終わり、あとは学園内のパソコンにデータとして保管するだけとなった時、二三は不意に背後に何かの気配を感じたような気がした。だが、背後を振り返ってみても誰もいない。そもそも、理事長邸の2階でベランダを背に作業をしていて背後に気配を感じる、というのも変な話であった。
「気のせいかしら・・・」
再び二三は前に向き直り、データ整理の作業にとりかかる。
その時、ベランダの外の大木に一つの影が降り立った。木の枝にゆっくりと音もなく着地したその影は、じっとベランダの窓から二三の様子を伺っていた・・・。
次の瞬間、その影の毛髪が金色に輝き出し、空には真っ赤な星が忽然と姿を現した・・・。
「そ、そんなあ・・・。なんとか・・・なんとかならないんですかぁ?!」
「ムリね。あんたの顔じゃぁ、男は一生できないわね。」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
バタンッ、と懺悔室の扉が勢いよく開かれ、一人の女子生徒が泣きながら走り去って行った。
「あらら、行っちゃった。これから裏技を教えたげようと思ってたのに・・・」
そう言いながら懺悔室から出てきたシスター服を被った少女、彼女の名は結城奈緒。現在高校2年、彼女もまたかつて「HiME」であった。2年前の「蝕の祭」において、一度は失った大切な人・母親。彼女はある事情から植物状態で入院していたのだが、復活後に奇跡的に意識をも取り戻し、現在は奈緒とまた一緒に暮らすようになっていた。奈緒はこの件をきっかけに、大きく変わり始めた。まず、日課であった街での行為をすっぱりと止め、教会でシスターの仕事をするようになった。だが、シスターの仕事は儲からない、ということで現在、もう一つ「裏の仕事」を行っているのだが、この話はまた後ほど。
「奈緒さん、相変わらずですね。」
そんな奈緒のもとに、小柄な金髪の少女、小学5年のアリッサ・シアーズがやってきた。彼女は2年前、「蝕の祭」を乗っ取るためにシアーズ財団から送り込まれた「人口のHiME」であった。だが、その目論見は「HiME」達によって砕かれ、アリッサも倒れたのであったが、その後真白が治療を施し、奇跡的に息を吹き返したのであった。彼女は復活後もこの風華学園に残り、聖歌隊で活動しつつ、教会の手伝いもしていた。
「おや、アリッサちゃんじゃないか。ん?今日はアンドロイドの付き人はいないのかい?」
「深優ですか?私はもう11歳です。いつまでも子どもじゃありません。だから深優には必要以上に近寄らないよう言っておきました。」
アリッサはちょっと拗ねたような顔をしてそう言った。ちなみに、深優とは「Multiple Intelligential Yggdrasil Unit」と呼ばれる人口知能を内臓した、シアーズ財団によって作られたアンドロイドのことで、その頭文字をとって「MIYU」=「深優」と呼ばれている。彼女も2年前の「職の祭」以降は、教会でシスターとして働いていて、奈緒ともども辛口なシスターとして一部で人気(?)であった。また、アリッサのこととなるとうるさく、とにかく彼女に対しては過保護すぎるくらいに過保護だった。深優にとって、アリッサは自身の全てともいえる存在であったからだ。
だが、以前までのアリッサであれば深優の行為を無下にすることはなかったのだが、最近になってアリッサに変化が見られ始めた。過保護すぎる深優に対して苛立ちを覚えるようになってきたのだった。
「ふふ〜ん、アリッサちゃんも反抗期ってわけね。深優さんもこれから大変だねえ。」
「?何か言いましたか、奈緒さん?」
「いやいや、別になんでもないよ。ねぇ、アリッサちゃん、あんま深優さんに冷たい態度をとっちゃあダメだよ。」
「・・・だって、深優が悪いんだもん・・・」
「クスクス、まあそう言わずに。深優さんだって、アンタのことを思ってくれてんだからさ。」
「・・・それは、分かってますけど・・・」
アリッサは頬を膨らませて、そっぽを向く。奈緒はそんなアリッサの様子が2年前の彼女の様子からはとても想像できないものだったので、内心で笑っていた。この2年という歳月で人はこんなにも変われるものなのか、と。かく言う自分も、かなり丸くなっちゃってるけどね、と思いつつ奈緒は教会の天井を見上げる。2年前の戦いは自分にとって、すごく辛い経験だった。だが、あの経験を経たからこそ、今の新しい自分がある。そういった意味では「HiME」としての宿命とやらに感謝すべきなのかもしれない。まあ、二度とあんな戦いはゴメンだけどね、メンドクサイし・・・。
その時、教会の扉を開いて新たな生徒が入ってきた。フフ、どうやら新たな迷える子羊さんのご登場みたいだねぇ、さて今度の相談は何なのかねぇ。奈緒は懺悔室へと戻っていった。その数分後、教会からまたも涙を流しながら走り去っていく生徒が目撃されたことは、言うまでもない・・・
「執行部、例の窃盗の件はどうなっている?」
「ハイ、その件に関してはメンバーの方々の迅速な対応もあって、現在犯人を追跡中という情報を受けています。」
「フム、そうか。いつもながら早い対応だな、執行部は。さすがは雪之、といったところか。」
「ありがとう、玖我さん。それも、玖我さんが執行部の予算を大幅にアップしてくれたからです。おかげで、最新鋭の設備を導入することもできましたし。今回もその設備がなければ、ここまでの迅速な対応はできなかったでしょうね。」
風華学園生徒会室。春休みであっても仕事が山とあるため、そこには生徒会長である黒髪ロングでメガネをかけたクールビューティーという言葉が最もよく当てはまる少女、玖我なつきと生徒会執行部部長である赤髪でくせっ毛のあるソバカスがチャームポイントな少女、菊川雪之が毎日つめていた。なつきは、前生徒会長、藤乃静留の強い推薦もあって当初はいやいやながらも勤めることになったが、1年ほど前からメガネをかけるようになり、以降は生徒会長として歴代最高の支持率を集めるようにまでなった。メガネをかけた理由は「少しでもエラそうに見えるようにするため」だそうで、ちなみに彼女の視力は2.0である。雪之は、前生徒会執行部部長、珠洲城遥の意思を告ぐべく自ら立候補してなった。彼女はなつきと逆に「自らを変える為」としてメガネからコンタクトに変えていた。二人ともやはり「HiME」で、2年前の「蝕の祭」を経験していた。
なつきは、この戦いにおいて「大切な仲間」と「親友」を得ることができた。それまでは、人と接しようとはせず、関わりを避けてきた彼女だったが、少しずつ人と関わるようになってきた。雪之は、引っ込み思案で表に出て何かをする、ということが苦手なタイプだったが、戦いを経てからは積極的に表に出るようになり、自ら率先して意見を言うようになった。
「そういえば雪之は今日の午後、何か用事があるとか言ってなかったか?」
なつきが雪之に語りかける。
「うん。今日ね、遥ちゃんが春休みの思い出作りに、ってことで風華町に遊びに来ることになってるの。」
遥は卒業後、九州にある某私立大学に推薦入学した。相変わらずのハイテンションで大学内の秩序を守るべく、立ち回っているそうだ。
「珠洲城が?!・・・しかし、なんでまたこんな春休みも終わろうかという時期に・・・?」
なつきは一瞬怪訝そうな表情を見せる。なつきは、遥をなんとなく苦手としている。
「うん、本当はもう少し早く来る予定だったんだけど、生徒会の仕事が忙しかったから、遥ちゃんこっちの都合に合わせてくれたの。」
「ああ、そうか・・・。すまなかったな、本来ならもう少し早めに休みを取らせる予定だったんだが、何分にも予定外のトラブルが続発してしまったものだから・・・」
「ううん、玖我さんが謝ることじゃないよ。それに、学園の平和を守ることが、わたしと、遥ちゃんの目的、だから。」
そう言って雪之は頬を染める。雪之と遥は、幼い頃からの親友で常に一緒だった。遥が雪之を守り、雪之が遥を支え、そうして二人は幾多の困難を乗り切ってきた。遥の夢は雪之の夢であったし、雪之の夢は遥の夢でもあった。こうして、離れている今であっても、その思いは健在であった。
「そうか。で、珠洲城は何時ごろに着く予定なんだ?あれだったら、もうあがってもらってかまわんが。」
「あ、まだ大丈夫だよ。こっちに来るのは夕方くらいになるだろうって、遥ちゃん・・・」
その時、雪之の携帯電話が鳴った。
「あれ、執行部のメンバーかな?どうしたんだろう。・・・って、遥ちゃんから?!」
着信相手の名前を見て驚く雪之。慌てて電話に出る。
「もしも・・・」
「雪之〜〜〜〜っ?!あんたどうしたの?!わたしさっきから月杜町の待ち合わせ場所で待ってるんだけどぉ?!」
「ええぇえっ?!だって、遥ちゃん到着は夕方くらいになるって・・・」
「あら?昨日、早めに着くことになったってメールしなかったかしら?」
「そんなメールもらってないよ?」
「えぇ?!おっかしいわねぇ・・・。確かに送ったはず・・・」
少しの間、遥の声が遠くなる。
「ああ、ゴメン雪之、保存したまま送信してなかったわ・・・」
「もう、遥ちゃんってば・・・」
思わずため息をつく雪之。
「仕方ないなぁ、ちょっと待ってて。すぐに行くから。」
「あ、あっはははは、ホンットーに、ゴメン!」
通話を終え、携帯電話をしまう雪之。
「なんだ、珠洲城もう来たのか?」
「うん、予定より早めに着いちゃったみたいだね。というわけで、玖我さん・・・」
「ああ、大丈夫。もう大方の用事は済んでるからな。あがってもらってかまわん。珠洲城にはよろしく言っておいてくれ。」
「うん、ごめんね玖我さん!」
そう言って、生徒会室を後にする雪之。後に残ったなつきは、自らカップにお茶をいれ、生徒会机に座り、窓から外の景色を眺めながらお茶を一口すすった。・・・やっぱり静留の入れてくれたお茶には及ばないな・・・、ふと静留のことを思い出す。
静留は本州にある有名公立大学に進学した。もともと茶道などの教養があった彼女は、大学では茶道研究会に入り、女を磨いているという。それも、よりなつきに好かれるため、らしい。
「そういえば、去年のクリスマス以来あってないな・・・。今頃何をしているのかな、静留は・・・」
「ウチは、いつでもアンタのそばにおりますえ」
一瞬、静留の気配を背後に感じて、振り向くなつきであったが、当然そこには静留の姿はない。
「・・・幻聴・・・か?どうやら、わたしもここ最近の仕事で疲れているらしいな。今日は早めに仕事を終わらせて・・・っと、そうか今日はアイツと約束をしていたんだったな。
だが、肝心の人物がまだ来ていないとは一体どういうことだ・・・?」
なつきは、パソコンの「新入寮生一覧」と書かれたフォルダを開く。すると、人物の顔写真とその下に「入寮済み」という文字と部屋番号が書かれた名簿が現れた。風華学園では、新入生は入学前に寮のどの部屋に入るかが決められ、入学式前に入寮する決まりとなっていた。画面をスクロールしていくなつき。目的の人物の所でスクロールを止める。その下には「入寮済み」の文字はなく、ただ部屋番号のみが書かれていた。どうやら、この人物のみ入寮が遅れているようだ。
「今日の朝学園に来ることになっていたはずなのだが・・・。さて、どうしたものか。」
風華学園の裏山。
そこのとある野花が咲き乱れた一画に、少女が一人佇んでいた。彼女の名は深優・グリーア。一見、普通の高校生に見えるが、その正体はシアーズ財団によって作られたアンドロイドである。彼女は、アリッサのお世話係として常に彼女のそばにいるようにしているのだが、今日はアリッサに「必要以上に私に近寄らないで!」と言われたために、一人でこんな所にいるのであった。
「・・・なぜお嬢様はあのようなことを申されたのでしょうか・・・?今まではこんなことはなかったのに・・・。私の何がいけなかったのでしょうか・・・?」
先ほどからこの調子で、ずっとメモリ内の自身の過去の行動を再生しては自身の落ち度を探しているのだが、何がいけなかったのかさっぱり理解できない深優。あらゆるパターンを演算し、お嬢様にとって最良のパターンを選んで行動してきたはずなのに、なぜお嬢様は納得されなかったのでしょうか・・・?どこで計算を間違えてしまったのでしょう・・・?
「あら、深優さん。このような場所でどうなされたのですか?」
深優の背後に現れたシスター服を着た女性が彼女に話しかけた。その胸には、幼い女の子を抱えている。まだ2歳前後だろうか。
「シスター紫子・・・」
「今日はアリッサちゃんとはご一緒でないのですね?」
シスター・石上紫子、旧姓は真田。彼女もまた2年前の「蝕の祭」において「HiME」として戦った過去を持つ。だがその祭後、私欲のために彼女を利用していた美術教諭の石上亘と恋仲に落ち、娘をもうけた。シスターは現在、一児の母をしながら教会で迷える子羊たちを救っている。また、石上も以来すっかり野心を無くし、パパとして家庭を養うべく一層仕事に励んでいる。
「お嬢様は、現在教会におられると思います・・・。そんなことより、シスターこそ何故このような場所へ?」
「私ですか?私は、この子とお散歩です。今日は特に天気がよろしかったので、ここまで足を運んだのです。ここの草花はとてもお美しいですから。」
「そうだったのですか。でも、娘さんは・・・」
深優は、シスターの胸で眠る女の子を見て言う。
「ええ、この陽気ですから、途中で眠くなったみたいです。今はぐっすり眠っています。
ところで、深優さんは何故このような場所へ一人でいらしたのですか?アリッサちゃんのそばにはいなくて良いのですか?」
一瞬、深優は困ったような表情を見せた。
「実は、お嬢様に『必要以上に近づかないで欲しい』と言われたのです。しかし、私にはなぜお嬢様がそのようなことを申されたのか、全く検討がつかないのです。」
「・・・何か、理由があったはずですよね?その前後の会話、もう少し詳しく教えてもらってもいいですか?」
深優は、何があったのかを語り始めた。
深優はアリッサの健康を考え、常にバランスの良い食事を作っていた。それ以外の間食はほとんど認めなかった。今までのアリッサなら、そのことで文句を言うことはなかったであろう。「次なる黄金時代」を迎えるべく、その目的のために生きてきたアリッサだったなら。だが、「蝕の祭」も終わり、普通の小学生としての生活を始めたアリッサ。そんな彼女に変化が現れ始めた。同い年の子どもたちと同じ時間を過ごし、同じものを見るようになってから、少しずつ彼女に「子どもらしさ」というものが現れ始めた。そんなある日、アリッサは、クラスの友人が月杜町のリンデンバウムというファミレスで食べたパフェがおいしかった、という話を聞き、自分も食べたくなったのだった。そのことを深優に言うが、深優は糖分の過剰摂取は将来的になんたらかんたらと言って、アリッサの提案を却下した。深優にとってみれば、アリッサのことを思っての答えだったのだが・・・。結果、アリッサは年相応の子どもらしく、拗ねたのだった。
「なるほど。そういうことがあったのですか。それなら、答えは簡単です。アリッサちゃんにパフェを食べさせてあげればいいんです。」
「しかし、糖分の取りすぎは・・・」
「深優さん、乙女には時として甘いものの摂取が必要なときがあるのですよ。」
シスターはニッコリと微笑む。
「それは・・・どういうことなのでしょう?そのような情報は、私のデータベースには・・・」
「なんでもかんでも情報に頼るものではありませんよ。人間には様々な欲求というものがあるのです。その一つが食欲。健康によろしくないことは承知でも、甘いものをたくさん食べたくなる時が、乙女にはあるのです。例え将来的に、悲惨な状況になるかもしれなくても、乙女は甘いものに惹かれるものなのです。これは、理屈では語ることができません。」
「はぁ、そういう・・・ものなのでしょうか・・・?」
「そういうものなのです。それは、青春の情動にも似た・・・、ああ、なんという罪な生き物なのでしょう、人間とは・・・」
頬を染め、遠い場所を見つめるシスター。かなりトリップしてしまっている・・・。
「それに、嬉しいことではありませんか?」
と、帰ってきたシスターが深優に向き直り、微笑む。
「嬉しいこと・・・?何が、でしょうか?」
「アリッサちゃんが、子どもらしさを見せてくれるようになったことが、です。今までのアリッサちゃんは、すごく大人びていて、なんといいましょうか、どことなく子供たちの間では浮いているような気がしてました。アリッサちゃんは特殊な生まれで、目的があったから、大人びているのはムリのないことだったのでしょう。ですが今、普通の暮らしを手に入れることができた今、あの子には子どもらしく、普通の小学生生活を過ごしてもらいたいな、とそういう風に思っていたのです。」
「・・・子どもらしく・・・ですか。そうですね。確かに、お嬢様は以前よりはるかに笑われるようになられました。以前は寡黙でいらっしゃったお嬢様ですが、最近はご友人の方々とよくお話をなさっているようです。それは、やはり喜ばしいことです。アリッサ様が幸せな顔をなさっているのを見ることは、私にとってはこの上ない喜びです。
・・・パフェを食べれば、もっとお嬢様は喜んでくれるのでしょうか?」
「ええ、間違いないでしょう。」
シスターは見るものを癒す極上の笑顔でそう答えた。
深優は一瞬微笑むと、シスターに背を向けた。
「ありがとうございます、シスター。・・・人間とは、まだまだ奥が深いものなのですね。」
そう言って、その場を後にした。そんな深優を、シスターは笑顔で見送っていた。
風華学園、美術室。
学園は春休み中だが、美術室には三人の人物がいた。一人は美術部顧問の石上亘。もう二人は美術部部員の尾久崎晶と鴇羽巧海。といっても、巧海は正式には部員というわけではない。新学期から入部する予定というわけで、今日は部活動体験、といった感じだ。この二人は男子寮のルームメイトで、学園きっての美少年コンビとして、いろんな意味で学園中のうわさになっていた。だが、実際には晶は女であり、「HiME」であった。諸々の事情で、女であることを隠してこの学園に入学した晶であったが、「蝕の祭」を通じて巧海に惹かれていった。「蝕の祭」後、巧海が心臓の手術でアメリカに渡った際にも、晶は彼に付いて行き、世話を焼いていた。そんな事情もあり、一年間ほど学園を休んでいて、今年の春にようやく日本に帰ってきたのであった。その間に、晶はかなり女の子らしくなった。料理も出来るようになったし、スカートも巧海の前では履けるようになった。言葉遣いは、相変わらずであったが・・・。また巧海は、なるべく男らしくなろうと体を動かすようになった。また、晶に習って絵も描くようになった。
病気も治り、一年ぶりの学園生活に戻るに当たって、巧海は何か新しいことをしたいと考え、晶の入っている美術部に入ることを決めた。
「な、なんでよりによって美術部なんだ?運動部とかには入る気はないのか?」
「うん。・・・少しでも、晶君と一緒にいたい、から。」
「バッ・・・、バッカじゃねーの?!こ、これからも寮の部屋は一緒なんだし、別に部活まで一緒じゃなくてもいいじゃねえか?!」
晶は、今後もあくまで男として学園に通うつもりらしい。今更女としては学園に通えない、ということらしい。
そんなこんなで、今日は晶が久しぶりに美術室からの風景を描きたい、ということでそれに巧海もついて来て、ついでに体験入部という形で巧海も絵を描くことになったのであった。
「う〜ん、巧海君、キミはやはり素晴らしいねえ。」
石上はキャンバスに向かっている巧海の隣に立って、そう語りかけた。
「え、そうですか?でも僕の絵は・・・」
「いやいや、絵ではなく『君』が、だよ。どうだい、以前言ったように、僕の絵のモデルに・・・」
何やら怪しい目つきになり、手をわきわきさせる石上の頭頂部に何かが飛んでくる。
カキーン!!
「グハッ!!」
前のめりに倒れる石上。どうやら飛んできたのは手裏剣らしい。ただ、その形状は先が尖っておらず、相手に刺さらないような仕様になっているようだ。
「ったく、先生も何考えてんだ?!まさかそっちの気があるんじゃないだろうな?!」
手裏剣を投げた張本人、晶がキャンバスに向かったまま怒鳴りつける。
「あ、あっははは、冗談だよ。ちょっと巧海君をからかっただけさ。君から巧海君を奪う気なんてないさ。」
石上のそのセリフに、巧海と晶は思わず赤面。慌てた表情で晶が、
「なっ、べっ、べ、べ、別にオレと巧海は、そっ、そ、そんな関係じゃねえっ、ってか俺たちはっ・・・」
「あっはははははは、気にすることはないよ。僕にも愛する妻がいるように、誰にだって想い人はいるものさ。恥じることなど何もない。むしろ、そのことを誇るべきだ!!
おっと、そうだ。今日はこれから愛すべき妻と娘のもとへ行かねばならん。それでは、お先に失礼するよ。活動終了後は、カギを職員室の私の机の引き出しの中に入れておいてくれたまえ。」
あっははははは、石上は笑いながら部室を出て行った。
「・・・あの先生、あんな性格だったか・・・?」
「ちょっと2年前からは想像がつかないね・・・」
呆気にとられる二人。二人は顔を見合わせるが、すぐに顔をそらしてしまう。先ほどの石上のセリフが未だに脳裏から離れない。お互い、気まずさを覚えながらも自分たちのキャンバスに向かって、引き続き自分たちの絵を描き始めた。
巧海は教室の真ん中あたり、ちょうど晶の斜め後ろあたりにキャンバスを立て、その晶は窓際にキャンバスを立て、2年前も描いていた山の景色を描いていた。晶は、そこから見る景色が一番好きだった。だが、2年前の「蝕の祭」の際に、目覚めたばかりのチャイルドの攻撃を受けて、見るも無残な状態になってしまった時には、やるせない怒りを感じたのであった。だが、現在。新たな木々が移植されるなどして、すっかりその痕はなくなっていた。以前とはまた違った景色ではあったが、それでもそこから見る風景は格別だった。
「そ・・・、そういえば巧海はそんなところにキャンバス立てて、何の絵を描いてるんだ?そんなところからじゃあ、風景なんて見えないだろ?」
沈黙に耐え切れなくなって、晶が巧海に語りかける。
「えっ?ああ、えっとね、僕が描いてるのは風景じゃなくて・・・」
しどろもどろと答える巧海。相変わらず、男らしくないその様子にイラっときた晶は強く聞き返す。
「聞こえねえよ!はっきりと話せ!巧海は男なんだから、もっと堂々としてろ!」
「あ、ごめん晶君・・・。えっとね、僕の描いている絵は・・・」
「絵は・・・?なんだ、はっきり言え!」
「・・・晶君。」
「・・・は?」
「いや、だから晶君が風景を描いている様子を、描いてるんだ。」
「ん・・・んなっ?!オッ・・・、オレの絵?!な・・・なんだってそんなもん・・・」
予想外の返答に顔面が真っ赤になる晶。頭からは湯気が上がっている。
「だって、晶君は僕の絵をいっぱい描いてくれたでしょ?だから、そのお返しに僕も晶君の絵を描いてあげようと思って。」
笑顔で晶に視線を向ける巧海。
「あ・・・あががががが・・・」
その目を受ける晶は、もはやショート寸前。顔の上に氷を乗せれば一気に昇華してしまいそうなほど、顔から湯気を出している。
「晶君、どうしたの?顔が真っ赤だけど、熱でもあるの?」
知っててとぼけているかのような顔で、巧海が晶にたずねる。
「なっ、なんでもねえ!!さ、続きだ!!続きをやるぞ!!早く書き終わんねえと夜になっちまう!!」
晶は、赤面したままキャンバスに向き直ると、さっさと絵を描き始めた。だが、その手の動きは不自然にギクシャクしていて、その様子が面白かった巧海は、思わず笑い出してしまう。
「な、何がおかしいってんだ、巧海?!こら、オイ!」
美術室からは、その後もにぎやかな会話が耐えなかった。
風華学園、剣道場。
響いてくる竹刀がぶつかり合う音と生徒の叫ぶ声。春休みでも練習に余念のない生徒たち。
「よーし!今日はここまで!!」
広い道場内に響く部長、楯祐一の声。彼は一時膝を故障し剣道から離れていたが、2年前の「蝕の祭」以降再び竹刀をとることを決意したのだった。
「お兄ちゃ〜ん、お疲れ様〜♪」
そう言って勢いよく祐一に飛びつく髪を4本にしばった少女、宗像詩帆。彼女は今剣道部のマネージャーをやっている。そして、彼女もまた「HiME」の一人だった。祐一への恋愛感情が暴走し、結果悲劇を招いてしまった。あの事件以降、彼女の想い人である祐一には正式に恋人ができた。それが自分でないのはやはり悲しいけど、あの時のような悲劇を招くくらいなら・・・。それに、今でも私はお兄ちゃんの“妹”でいられるから、お兄ちゃんの近くにいられるなら・・・。
「ったく、詩帆〜。いちいち抱きつくなっての。汗かいてんだからお前の服まで濡れちまうぞ。」
「お兄ちゃんの汗なら別に濡れてもかまわないも〜ん!」
「変態か、お前は!?」
「え〜、お兄ちゃん酷いよ〜!」
そう言ってじゃれあっている(ように見える)二人。部員たちにしてみればこれはいつもの風景なので特に気にせず、各々帰り支度をしている。その中の一人、制服に着替え終わった女子生徒が二人のもとへと駆け寄ってくる。
「祐一、お前も早く着替えて来い!私は腹が減った。早くリンデンバウムに行くぞ!」
その女子生徒、美袋命は腹を抑えながら祐一に文句を言う。彼女もまた「HiME」だった。そして彼女もまた多くの悲劇を味わった。「蝕の祭」を操っていた「黒曜の君」を守る「HiME」として、結果的に多くの「HiME」を倒すことになり、最後には彼女の最も大切な人と戦うことにもなってしまった・・・。
そんな彼女には人間離れした脚力と剣技が備わっていた。その彼女の剣技を見込んで祐一が女子剣道部にスカウトしたのだった。周囲の友人の勧めもあって入部することになった命だったが、やはり実戦と剣道の試合とでは全く勝手が違い、最初の方こそぎこちない感じだった。しかし、持ち前の運動神経のよさでメキメキと実力をつけていき、昨年の全国大会では女子個人の部で優勝までしてしまったのだった。
「あれ、お兄ちゃん今日もリンデンバウムに行くの?」
「ん?詩帆には言ってなかったっけか?」
「聞いてないよぉ!ん〜、また今日も舞衣さんとデートなの?!だからなの?!」
「ち、ちげーよ!今日はただ昼飯を食いに行くだけだって。」
「お昼ご飯だったらわたしが作ってあげるのにぃ!」
「そんなことどうでもいいから、早く行くぞ!わたしは腹が減ってるんだ。」
「ああ、もう少し待ってくれ命。詩帆、お前もいい加減離れてくれ!着替えられないだろ?!」
その後ようやく着替えることのできた祐一と、その腕に抱きついている詩帆、腹の虫を盛大に鳴らせている命が道場の外に出てくる。ちょうどそこに、一人の赤毛の女子高校生と金髪の小学生の少女の2人がやってくる。
「はぁ〜い、命!ちょうど今部活終わったところなんだ?」
「奈緒!奇遇だなぁ。ん、一緒にいるのは・・・?」
命が、赤神の少女、結城奈緒に尋ねる。
「アリッサちゃんじゃないか。奈緒と一緒ってのは珍しい組み合わせだなぁ。深優さんはどーしたんだ?」
命の質問に代わりに答えた祐一が金髪の少女、アリッサ・シアーズに尋ねる。
「・・・深優なんて知らないもん。」
「んあ?一体、どうしたってんだ?」
「どうやら深優さんとケンカしちゃったみたいなのよね。アリッサちゃん、リンデンバウムでパフェ食べたいって深優さんに言ったんだけど、断られたみたいで。甘いものの取りすぎは健康によくない、とかで。」
「ああ、深優さんなら確かに言いかねないなぁ」
「それで、奈緒さんがアリッサちゃんをリンデンバウムに連れて行ってあげることにしたんですか?」
奈緒さんらしくない、そう言いたげな表情で詩帆が尋ねる。
「まあ、そんな感じかな。」
「おお!奈緒たちもリンデンバウムに行くのか?!わたしたちもだ!」
命は嬉しそうに奈緒に飛びつく。命は奈緒とクラスメイトで、「蝕の祭」以降は無二の親友となった。というより、奈緒にとって命はなついているペットのようなもので、命の幼さを見ているとほっとけない、というのが正しいのかもしれない。一方命にしてみれば、奈緒は一番最初に友達になった同年代の少女なので、格別な存在となっているのだろう。
そんなわけで、命・奈緒・アリッサ・詩帆・祐一の5人はリンデンバウムに向かうことになったのだが、その時、奈緒たちが来た方向から足音が聞こえてきた。
「お嬢様あああああああああ!!」
5人が振り返ると、そこには走ってくる深優・グリーアの姿があった。
「深優?!どうしてここに・・・?!」
アリッサは駆けてくる深優を睨みつけている。
「お嬢様、それに皆さんは今からリンデンバウムへ向かわれるのですね?」
「ん、そうだ!」
「なぁに?深優さんはアリッサちゃんを連れ戻しにきたわけ?」
「私、帰らないわよ!今日はリンデンバウムでパフェを食べるって決めてるんだから!」
「いえ、お嬢様。私も、ご一緒いたします。」
「「「「「え?!」」」」」
その場にいた深優を除く5人が驚きの声を上げる。
「お嬢様が喜ばれるのであれば、それに越したことはありません。たまには、甘いものもよいでしょう。ただし、食べ過ぎてはダメですよ、お嬢様?」
「深優・・・」
そう言ってアリッサは深優の元に歩み寄り、手を差し出す。そのアリッサの手をそっとにぎりしめる深優。どちらからともなく優しい笑顔がもれる。二人の間の絶対の信頼感がそこには表れていた。
「おやおや、仲直りしたみたいだねぇ〜?」
「やれやれ、これまた賑やかなことになったな。」
「お兄ちゃん、女の子ばっかりで鼻の下伸ばさないでよ?!」
「伸ばしてねぇよ!」
「なあ、そんなことより早くリンデンバウムに行こう!わたしはもう腹が減りすぎて限界だぞ・・・」
「あ〜、ちょっとちょっと命、こんな所で座り込まない!ホラ、しっかり立ちなさい!」
こうして賑やかな6人組は一路、月杜町にあるファミレス・リンデンバウムに向かうことになったのであった。
月杜町、ファミレス・リンデンバウム。
「オーダーお願いしまーす!」
「会計いいですか〜?」
「すいません、お水いただけますか〜?」
「ウエイトレスさ〜ん、写真とってもいいですかぁ?ハァ、ハァ・・・」
日曜の昼時ということもあって、いつも以上に繁盛している様子のリンデンバウム。多くの客は子供連れの家族や、風華学園の制服を着た学生たちで占められている。一部、その店のウエイトレスの独特なコスチュームにつられてやってきている、ちょっと“あれ”な人々もいるが・・・。
その中で、一際声を張り上げてウエイトレスやウエイターたちに指示を出しているショートヘアで、下向きのアホ毛、これ見よがしに強調された胸を持つ少女、
「あかねちゃ〜ん、そっちのテーブルのオーダーお願い!倉内君は会計の方に回ってくれる?お水ですね?少々お待ちください。お客様、当店では撮影は禁止となっておりますので、ご遠慮願えますか?」
鴇羽舞衣。彼女がここでバイトとして働き始めて2年ほどになるが、その手腕から今ではチーフとなっている。また、その容姿や物腰などからも客の人気を集め、もともと繁盛していたリンデンバウムがさらに繁盛するきっかけともなった。
彼女、舞衣も2年前の「蝕の祭」を戦い抜いた「HiME」だった。その戦いの中で、弟巧海を失い、最愛の人祐一まで失ってしまい、さらには妹のように可愛がっていた命とも戦う運命となってしまった、悲しい過去を持つ。だが、その戦いを乗り越え、本当に自分の“好きなこと”を主張できる強さも得た。もう2度と同じ過ちを犯さないため、自分に素直になろうと決心したのだった。
「オーダーもらいました〜。舞衣ちゃ〜ん、オーダーで〜す!」
先ほど舞衣の指示を受けていたショートヘアを後ろで一つに結んだ少女、日暮あかね。彼女もまた「HiME」で、一番最初に犠牲となってしまった少女。
「合計で2010円頂きます。はい、ちょうどですね、ありがとうございました!またのお越しをお待ちいたしております。」
同じく舞衣からの指示を受け帰る客の会計をする少年、倉内和也。彼とあかねは2年前より付き合っている。2年前、和也は「蝕の祭」においてあかねの「HiME」の力を知ってもその力を拒むことなく、受け入れたその直後、深優によってあかねのチャイルドが倒された際に、和也は消えてしまった。そのショックからあかねは一時期心神喪失状態となり、「一番地」と呼ばれる組織の病院において入院していた。しかし、戦いの最終局面において復活を果たした後、この2人は校内で誰もが認める“バカップル”となったのだった。
「和君、お疲れ様〜」
「いやいや、これくらい大したことないよ。そんなことより、そのオーダーのパフェ重くないかい?僕が代わりに持って行ってあげようか?」
「大丈夫だよ、これくらい!あたし一人でも持っていけるよ。」
「しかし、あかねちゃんの細い腕が酷使されて筋肉質になってしまったら・・・」
「もう、和君ってば・・・ポッ・・・」
などという聞く人が恥ずかしくなるような会話を、公衆の場で行うほどのラブラブぶりなのだ・・・。
「うおっほん!え〜、お2人とも、熱々なところ悪いのですが、今は仕事中ですよ?あかねちゃん、お客様がお待ちですよ。早くお持ち差し上げて。倉内君、あなたもしばらくレジの方にいてもらえますか?そろそろ帰りのお客様も増えてきますから。」
ラブラブな2人の背後に立つ、般若の形相で2人を睨みつける舞衣。
「「は・・・ハイッ!!了解です!!」」
顔を真っ赤にさせて慌ててそれぞれの職に戻るあかねと和也。
「はぁ〜、全くもう・・・。ラブラブで羨ましいことですこと・・・。」
そんな2人を呆れるような顔で見送る舞衣。
「全くですな〜。あの2人、いよいよ“バカップル”ぶりに拍車がかかってきている感じ?」
「本当だよねぇ〜。きゃはは、もう見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよぉ〜。」
そう言って舞衣の独り言の後を引き取ったのは、風華学園の制服を着た2人の少女。1人はメガネをかけたボーイッシュな雰囲気の原田千絵、もう1人はロングヘアの今時の女子高生な瀬能あおい。2人は舞衣のクラスメイトで、舞衣がこの学園に転校してきて以来の親友となっている。2人はよく“舞衣の陣中見舞い”とかいう名目でよくこのリンデンバウムにやってくる。今日も飽きずにやってきていたのだが・・・
「ところで舞衣ちゃん、今日は少しお尋ねしたいことがあって着たのですが?」
急に改まった口調で舞衣に話しかける千絵。心なしかメガネがいつもよりも光って見える。
「な〜に、千絵ちゃん?今は仕事中だから・・・」
「聞いたよ、聞いたよ舞衣ちゃん!」
舞衣のセリフを遮り、かなり興奮気味に身を乗り出すあおい。彼女の目もまたいつもより星が多く見える。
「な・・・何を聞いたって・・・」
「ふふ〜ん、ずばり聞きましょう!あなたは昨日、楯祐一君と“デート”、しましたね?」
「は・・・はいぃーーーーーーーーーーーーーぃいっ?!
ど・・・どどど、どっからそんな・・・。って、なんでそっ・・・そんなこと・・・」
千絵のずばりな質問に狼狽をかくせない舞衣。千絵は自称“学園一の情報通”。一体彼女にどれほどの情報ルーツがあるのかは不明だが、その手腕から時々生徒会からも仕事を依頼されることもあるほどだ。今回も、一体何処から入手したのか知らないが、“舞衣が祐一とデートをしていた”という情報の真偽を確かめるべく、このリンデンバウムに乗り込んできたのであった。
「さぁ、どうなの、舞衣ちゃん?!デート、したの?!」
「どこまでいったの?!ひょっとしてぇ〜・・・きゃーーー♡」
メガネを光らせ迫る千絵、いい感じに妄想に耽っているあおい、真っ赤になって追い詰められる舞衣、気づけば舞衣の背後で耳をそばだてているあかね。
「え・・・え〜っと・・・あ・・・あたしは〜・・・」
と、舞衣が言いよどんでいるところへドアベルが鳴った。チャンスとばかりに舞衣、その場を離れ入り口へ向かう。
「い、いらっしゃいませ〜。」
(ふ〜、助かったぁ〜)
とは舞衣の心の中の声。
「ちいっ、もう少しだったのに!」
一方の千絵は舌打ちをするのだった。
そうして入ってきたのは、
「舞衣ー!来たぞー!!」
「うっす、鴇羽!」
「わぁ〜、ここがファミレスかぁ〜・・・」
「お嬢様、あまりキョロキョロなさっては・・・」
「・・・にしても、アンタ、マダ楯先輩のこと・・・」
「う、うるさいですよ!わたしにだってまだチャンスは・・・」
命、祐一、アリッサ、深優、奈緒、詩帆の6人。
「あら、命ー。遅かったじゃない、って・・・、これはまた大人数で来たわねぇ〜・・・。おまけに珍しい人たちまで・・・。」
「舞衣さん、お久しぶりです♪」
声は親しげだが、顔にはぎこちない笑みを浮かべた詩帆。
「あ、あっはは詩帆ちゃん、久しぶり・・・」
現在、祐一と舞衣は付き合っている。しかし、詩帆だって祐一のことは好きなのだ。頭では、この2人の間に自分の入れる隙間はないことは分かっている。分かっているのだが、やはり納得いかない!“妹”でいられるからそれでいい、そうは思っても舞衣本人を前にすると、やはり悔しい!どうして私よりも後から現れた人にお兄ちゃんを取られてしまったのか?!やっぱりお兄ちゃんを引きつけたのは・・・、
「胸・・・ね。」
ヤキモキする詩帆の耳元で奈緒がそう囁く。
「ふへ?!な・・・奈緒さん?!い・・・いきなり何を・・・」
「だからぁ〜、あんたが舞衣先輩に楯先輩を取られたのは、その胸が原因だって言ってるの。そりゃ〜、男にしてみればアンタのようなお子ちゃまな胸より、舞衣先輩のようなボインボインな胸に惹かれるのはムリもないことで・・・」
「なんですってええええ?!って、なんであなた私の考えてたことを?!」
「そりゃ分かるって。全部顔に書いてたんだから。」
「か・・・顔に?!」
「え・・・え〜っと、詩帆ちゃん、奈緒ちゃん・・・?他のお客様もいらっしゃるから、その辺にして・・・」
「奈緒と詩帆は仲がいいんだな。」
「そう見えるか?・・・にしても詩帆って昔からあんなキャラだったか・・・?」
何はともあれ、アリッサ・深優を除く4人は千絵・あおいの座っていた席と相席する形で座ることになった。深優とアリッサは彼女らのそばのカウンター席に座ることになった。
この頃になると客の数も大分落ち着いてくるため、舞衣やあかねもちょくちょく彼女らの会話の中に入ることができた。
命は次から次へと食べ物を注文し、一体その小さな体のどこに入っていくのかというほどの量を平らげる。奈緒はそんな命に、もういい加減にしときなよ、と注意を促しつつ、隣の詩帆をおちょくって笑っている。詩帆は奈緒の売り言葉に買い言葉でかなり素が出つつある。そんな様子を写メする千絵。あおいはタマにやってくるあかねと乙女な会話を。アリッサは初めてのパフェに感動し、そんなアリッサの様子を見て微笑む深優。仕事の合間にやってきては祐一と今後の話をする舞衣。
他愛のない話。だが、「蝕の祭」という悲劇を潜り抜けてきた彼女らにとって、その他愛のないことほど幸せなことはないのだ。
そうして幸せな時間はあっという間に過ぎる。もう昼の2時を回ろうという時刻。千絵とあおいは寮へ、奈緒と深優とアリッサは午後の教会の仕事に、祐一と詩帆は月杜町で買い物をして帰るという。
「楯〜、アンタ詩帆ちゃんに手を出しちゃぁ・・・」
「わーってるって、んなことしねーよ。」
一言祐一に釘を刺すことを忘れない舞衣。
命は舞衣のバイトが終わるまでリンデンバウムに残ることに。あかねと和也は一足先に上がっていて、早速デートと洒落こんでいるようだ。
「本当に、あの2人は熱々だねぇ。」
「舞衣ちゃんも、積極的に攻めなきゃダメだよ!じゃなきゃ、詩帆ちゃんに取られちゃうかもよ?」
「余計なお世話です!」
そうして舞衣と命以外の皆はリンデンバウムを出る。
「第一段階完了、っと。案外呆気無いものね・・・。」
風華学園、理事長邸、理事長室。床には倒れた姫野二三、そして彼女を見下ろす形で先ほど理事長室のベランダの外の大木にいた人物が立っていた。金色に輝いていた髪は、今は黒くなっている。
「さて、いよいよね。
いよいよ、“終の祭”が始まる・・・」
いつの間にか、空に輝いていた赤い星は消えていた・・・。