舞と佐裕理の二人は、空港前に停まっていた迎えの車に乗り込み、倉田家の実家があり、二人が高校時代を過ごした懐かしの街へと戻ってきた。
倉田家の本家はかなりの広さがある。二人を乗せた車は倉田家の門を通り、中へと入っていった。佐裕理は、高校時代は実家にではなく、一人暮らしをしていたため、本家に来るのは実に久しぶりのことだった。
やたらでかい玄関を通り、二人はメイドに導かれて自分達のあてがわれた部屋へと向かう。舞は珍しく緊張した面持ちで、終始周囲を窺っていた。
部屋に荷物を置くと、二人は才蔵の部屋へと案内された。才蔵は、ベッドに横になっているようだった。また、そこには他に数名の人物がいた。
「やあ、佐裕理お帰り。実に久しぶりだったね。ドイツでは元気にしていたかい?おっと、君が舞君だね?話は佐裕理から聞いてるよ。会うのは初めてになるのかな?私が佐裕理の父だ。これからも佐裕理をよろしく頼むよ。」
そう言って舞に手を差し出したスーツ姿の男性は、佐裕理の父親で議員をやっている倉田家の三男「倉田武男」で、年は41歳。才蔵が引退してからは、実質彼が議員との仕事を両立させつつ、倉田家のあらゆる事業を担っていた。
舞はその差し出された手を握り返し、「川澄舞です。」とだけ答えた。
「あははー、お父様も元気そうですね。」
と佐裕理も答える。
「しかし、佐裕理ちゃんしばらく見ないうちにえらいべっぴんさんになったな〜。最後にあったのはいつだったかな?」
そう言ったカジュアルな服装をしてメガネをかけた男性は、倉田家次男の「倉田良平」、年は45歳。小説家で、いくつかのベストセラーも書いている。
「伯父さん、お久しぶりです。最後にお会いしたのは、一弥の・・・。」
と佐裕理が、少し暗い顔をして答える。
「倉田一弥」。佐裕理の弟で、彼女が中学3年の時にある病気で、亡くなった。そのことで、佐裕理は父に対して複雑な思いを抱いたこともあった・・・。
「む、そうか・・・、そうだったな。いや、すまない、嫌なことを思い出させてしまって。」
「いえ、謝らないでください。もう佐裕理は大丈夫ですから。ねっ、舞。」
そう言うと、佐裕理は舞に満面の笑みを向けた。舞は突然の振りに驚くが、コクンと頷く。
「そうだ佐裕理、紹介しておこう。」
武男はそう言うと、部屋にいたスーツ姿の男性を指し、
「こちらがおじい様の顧問弁護士の小島信也さんだよ。」
と紹介した。小島は立ち上がると、ペコリとお辞儀をし、
「どうも、小島です。」
とだけ答えた。
次に、武男は才蔵のベッドのそばにいる白衣の男性を指し、
「あちらがおじい様の主治医の八坂征一さんだよ。」
と紹介した。八坂は、頭を下げると、
「八坂です。才蔵様の主治医をやらせてもらっています。」
と答えた。
この部屋にいるのは、あと才蔵のお付きのメイドで、屋敷のメイド長を勤める「飯塚奈緒」だけである。
「あの〜、お父様、修一伯父様は・・・?」
と、部屋を見回しながら佐裕理が尋ねる。
「ああ、うむ・・・。修一兄さんは・・・、来ていないよ。あの人は、勘当されたままだからね・・・。」
「・・・そう、ですか。」
倉田家の長男、「倉田修一」は数年前にとあることがきっかけで勘当されて以来、行方が分からなくなっている。
「それで、おじい様の様子はどうなんですか?」
佐裕理が尋ねる。
「今は眠っておられます。ここ最近は体調もおよろしいのですが、それでも・・・。」
そう答えたのは主治医の八坂だった。
「そうですか・・・。」
佐裕理は、下を向いて答える。その様子に舞は、そっと佐裕理の肩に手を回す。
「ありがと、舞。」
「・・・・・・。」
舞は無言で答える。それだけで、二人には十分だった。
「おじい様がお目覚めになられたらまた呼ぶから、二人はゆっくりしていなさい。帰国したばかりで二人とも疲れているだろう。飯塚さん、こちらはとりあえずいいので、二人の何か飲み物なんかを出してやってください。」
「かしこまりました。では、お嬢様、舞様、参りましょう。」
メイド長の飯塚に連れられ、舞と佐裕理は才蔵の部屋を出て、そのまま食堂へと向かった。二人は席に着き、飯塚はキッチンに入っていき、程なくしてお盆に麦茶の入ったコップを載せて戻ってきた。
「ありがとうございます、飯塚さん。あとは佐裕理たちでなんとかしますから、おじい様の許へ戻って結構ですよ。」
「しかし、・・・そうですか?ではお言葉に甘えて。何かございましたら、他にも使用人がございますゆえ。」
そう言うと、飯塚は二人に深々とお辞儀をし、食堂から出て行った。
その後、二人は一息つくと部屋へと戻り、これからのことを話したりして過ごした。
夕方近くになり、部屋をノックする音に気づき、佐裕理が扉を開けると、そこにはメイド長の飯塚が立っていた。
「おじい様、才蔵様がお目覚めになられました。ですので、お二人とも才蔵様のお部屋へいらしていただきたいと。およろしいですか?」
「あ、そうですか。わざわざありがとうございます。じゃあ、行こうか舞。」
無言のまま舞が頷くと、二人は部屋を出て、飯塚について才蔵の部屋へと向かった。
「おー、佐裕理、久しぶりじゃな〜。元気にしておったか?」
そう言って二人を迎えたのは倉田才蔵だった。彼はベッドから上体を起こしていた。部屋には才蔵とメイド長の飯塚しかいなかった。
「皆には下がってもらったのじゃよ。ずっとワシのそばにおるだけでは気もめいるじゃろうからの。八坂君は病院に薬をとりに戻ったがの。もう長くないのじゃから、必要ないとは言ったんじゃがの〜。」
「そんな、長くないなんて言わないで下さい、おじい様!」
「あ〜、すまんの〜。おや、君は・・・?」
そこで才蔵は、佐裕理の隣に立っていた舞に初めて気づいたかのように目をやった。
「・・・川澄舞です。・・・佐裕理の親友です。」
舞はそう言うと頭を下げた。
「お〜、君が佐裕理の・・・。ワシの孫が世話になっております。どうか、これからも仲良くお願いしますぞ。」
才蔵はそう言うと、頭を下げた。
「はい、佐裕理は私が守ります。」
舞ははっきりと、そう告げた。
「あはは〜、舞ってばそんなにはっきり言われると、佐裕理恥ずかしいじゃないですか〜。」
と、佐裕理は顔を赤らめながら答えた。
「はははは、舞君じゃったね?どうか、佐裕理を頼みますよ。」
才蔵は笑いながら次の言葉をつなげた。
「しかし、ワシもこの歳まで散々なことをやってきた。死んでも極楽には行けんじゃろうて・・・。しかし、それでも今こうして家族全員に看取られて死ねるのは、やはり幸せなことじゃな・・・。おまけに佐裕理の親友にもきちんと挨拶できた・・・。もう満足じゃよ、この罪深きワシには幸せすぎる最後じゃよ・・・。」
「・・・、おじい様・・・。」
佐裕理は、才蔵のその言葉になんと言ってよいのか分からなかった。
舞は、その才蔵の言葉に少し違和感を感じていた。
そう、彼は「家族全員に看取られて」と言ったのだ・・・。
確か、長男の「倉田修一」だけはこの屋敷に呼ばれていなかったのではなかったか・・・?
それとも、勘当した彼は「家族全員」に含まれていないのだろうか・・・?
舞の感じた些細な違和感も、その後入ってきた武男、良平らと佐裕理、才蔵との会話により忘れ去られていった・・・。
「あっ!!八坂せんせ〜〜〜〜〜い!!お久しぶりで〜〜〜す!!」
倉田才蔵の薬を病院に取りに戻るために、倉田家を出て病院に向かう商店街の道を歩いていた八坂征一は、突然背後から呼ばれたことに驚き、後ろを振りむいた。
そして、駆けてくるたい焼きのポシェットを提げたショートカットの少女をみとめて、
「おや、君は月宮あゆ君じゃないか!久しぶりだね〜。」
と、その少女、月宮あゆに声をかける。彼はあゆが入院している間の、担当医だった。
「その節はお世話になりました〜。」
「いやいや、元気そうでなによりだよ。うん、しかし君が退院してから1年だね。君が運ばれてきた8年前は、本当に大変だったよ。あれは私がここの病院に来て直後のことでね〜、初っ端から大変なことになったと心底あせったものだよ。いや、でも君が意識を取り戻した時は本当に嬉しかったよ。」
「えへへ〜、本当にありがとうございました。」
あゆはペコリと頭を下げた。
その仕草に思わず、八坂は笑みがこぼれてしまう。本当にこの娘が元気になってよかったと、この娘を救えてよかったと。その時、彼女の後ろに隠れているロングヘアーの狐色の髪をした少女がいることに気づく。
「おや、あゆ君、君の後ろにいる娘は・・・?」
急に話題にされたことに、驚いたのか、さらに身を隠そうとする少女。あゆは、その少女を前に押し出し、紹介する。
「この子はボクの友達で沢渡真琴ちゃん。ボクと一緒に秋子さんの家でお世話になってるんだ。真琴ちゃん、こちらは病院でボクの世話をしてくれていた八坂先生だよ。」
紹介された真琴は、恐る恐るながらもペコリと頭を下げる。それに対して、八坂も頭を下げ、自らの自己紹介をする。
それから3人はしばらく会話をしながら(といっても話しているのは主にあゆと八坂だけだったが)学校前にさしかかった。
「そういえば、君も栞君もこの学校の生徒だったよね?」
「あれ、先生栞ちゃんのこと知ってるんですか?」
栞とは、あゆ達の後輩に当たる少女で、生まれながらに重たい病気を患っていて昨年の誕生日まで生きられないと言われていたのだ。しかし、様々な奇跡が起こり少女は助かり、今も無事に過ごしている。しかし、定期的に病院には通っていて、つい先日も八坂は彼女を診察したばかりだった。
「うん、先日も定期健診に来てね。彼女も元気そうでなによりだよ。
しかし、ここの学校のあった場所、昔は麦畑だったのにな〜。今ではもうその面影をうかがい知ることはできないね〜・・・。君はその頃のこと覚えてるかい?」
「あ、はい。覚えてます。ボクがまだ小さかった頃のことです。・・・よくお母さんと遊びに来てました。」
あゆは、その頃のことを思い出すかのように空を見上げた。
「あ、すまない・・・。つらいことを、思い出させてしまったね・・・。」
あゆの母親は、「遠いところ」に行ってしまった。当時幼かったあゆは、ただ泣くことしかできずに、商店街を歩いていた。その時、ある少年に出会わなければ、あゆは二度と笑うことは出来なかっただろう・・・。
しばらく、彼らの間を沈黙が支配する。
「ね〜、あゆあゆ〜。そろそろ家帰らないと秋子さん心配してるかもよ〜。」
その沈黙を破ったのは真琴だった。その空気を変えたかったのか、あるいは単純に帰りたかっただけかは分からないが、その一言で空気は変わり、あゆは元気に「うんそうだね、そろそろ帰ろうか」と真琴に言った後、もう一度八坂にお礼を言って、真琴と二人で駆けていった。八坂は、その駆けていく少女を見送った後、病院への道を急いだ。
「・・・許さない・・・。あいつは絶対許さない・・・。」
暗闇を歩く人物、その手にはナイフが握られていた。その人物はある人物の部屋の前で立ち止まる。ノックをし、相手の返事を確認して中に入り、ドアノブの鍵をひねる。そして、横になったままのその人物に近づき、ナイフを振り上げる・・・。