Forget Memories〜The Place She Should Get Back

第三章

誰かが私を呼んでいる・・・

チリーン

   

チリーン

 

聞こえてくるのは、鈴の音・・・

 

誰かが私を呼んでいる・・・

 

でも、それが誰の声なのか思い出せず、

 

ただ思い出すのは、

 

悲しい、鈴の音だけだった・・・

 

少女は、鈴の音によって目が覚めた。  
窓の外には照り輝く太陽。  
昨夜は寝苦しかったから窓を開けたまま布団に入ったため、窓から朝の涼しい風が入ってきて、少女の頬をなでる。そして、その窓の桟にかかっているかけた覚えのない風鈴。  
少女はこの風鈴の涼しげな音によって眠りを覚まされたのだった。  
少女は、直前まで何か大切な夢を見ていたような気がしたのだが、階下から匂ってくるいい匂いにそのことは忘れ、着替えを済ませてから、朝食をとるため階下へと降りていくのだった。

 

少女がこの村に来て早1ヶ月。始めの頃こそ、記憶を取り戻そうとしていたのだが、だんだんここでの生活が楽しくなり、いつしか記憶を取り戻そうとは考えなくなっていた。  
次第に、新しい世界というものに興味を惹かれだし、早く川の向こうに渡りたいなとまで考え出していた。

   

「おはよう〜、陽太〜。」
「ああ、起きてきたかい?おはよう、素華。」
少女は、自分の席につくと、大きな欠伸を一つした。
「そーいえば、私の部屋の窓に風鈴をかけてくれたのって、陽太?」
「ああ、そうだよ。もうすぐ夏だしね。勝手かなとは思ったけど、つけさせてもらったよ。余計だったかい?」
「ん〜ん、そんなことはないよ。なんだかとっても懐かしい音色だな、って思って。でも・・・」
そこで少女は、言いよどむ。
「どうした?」
「ん〜ん、なんでもないの・・・。ただ、なんとなく「悲しいな」ってそんな感じがしたの・・・。なんでかは分からないけど・・・」
少女は、そこで再び今朝方見た夢のことを思い出す。  
誰かに、名前を呼ばれたような気がした。  
でも、その名前は「素華」ではなく・・・。

 

「そうだ、素華。君に今朝方、郵便が届いてたよ。」
「ゆふひん?」
口にパンをくわえたままの少女が答える。
「ああ。・・・おめでとう、君は1週間後に来る船に乗れることが決まったよ。」
「本当に!?」
少女は、その知らせにパッと表情を緩ませた。しかしその時、フッと脳裏に見知らぬ青年の顔が浮かび、その青年のものと思われる声が響いた。

 

・・・・・・  
「・・・!!・・・とっ・・・!!」  
・・・・・・

 

だが、その青年がなんと言ったのか、正確に聞き取ることは出来なかった。  
見知らぬ青年・・・?  
あれ・・・、でもあの人どっかで・・・?  
今朝見た夢・・・、そういえば夢の中にもあの人が・・・。

 「ん?どうしたんだい、素華?」
突然黙り込んでしまった少女に、陽太は話しかける。
「・・・えっ?!ああ・・・、ん〜ん、なんでもないよ。」
少女は、陽太から船に乗るための「許可証」を貰い、自分の部屋へと戻っていった。

 

部屋では、風に揺られて、  
風鈴の音が、響いていた。

 

その日、少女は「肉まん屋」で肉まんを5個買うと、村に唯一ある本屋へと足を運んだ。  
ここへは始めてくる。自分でも何故かは分からない。ただ、肉まんを食べながら歩いていたら、「なんとなく」本屋に行きたくなってしまったのだ。  
店のドアを押して中に入る。もう店ではクーラーが入っているのか、ひんやりとした空気が少女の脇をすり抜けていった。  
少女は、迷わず「少女マンガ」の売ってるコーナーに直進した。なんとなく手にしたマンガのページをめくる。最初に飛び込んできた文字、
「恋はいつだって唐突だ」
その文字を読んだとき、少女は脳に電気が走ったかのような感覚に陥った。
しびれて動けない。
何も考えられない。
ただ、再び脳裏によみがえる例の青年の姿。

 

・・・・・・
「そんなこと書いてない!!」
と自分の声。
「ハハハ、悪い悪い、もう1回最初からな。」
と青年の屈託のない声。
「う〜〜〜〜!!」
「え〜、コホン!『恋はいつだって唐突だ・・・』・・・」
・・・・・・

 

少女の頬を、突然涙がぬらす。  
なんだろう、何故かは分からない・・・。  
あの人は誰・・・?  
誰だかは分からない・・・。  
でも、会いたい、会いたい、アイタイ、アイタイ、・・・

 

チリーン  
少女は、鈴の音で再び目が覚めた。  
あれから、例の少女マンガを購入後、陽太の家に戻ってきて自室でずっとそのマンガを肉まんを食べながら読んでいた。何かを思い出せるかもしれない。そんな気がしていたのだが、結局それ以上のことは思い出せなかった。思い出せないまま、気づいたら眠ってしまっていた。残り一つだった肉まんはすっかり冷えてしまっていた。  
階下からは夕飯の匂い。  
少女は、買ってきたマンガを丁寧に部屋の机の上に置くと、冷えた肉まんを食べてしまうと、階下へと降りていった。
「やっぱ、肉まんは温かい方がおいしいな・・・」

 

1週間はあっという間だった。  
あれから、本屋に行ってはあらゆるマンガを読んだりしたのだが、何も思い出せなかった。あれは、自分の気のせいだったのか・・・?  
その日の朝、新しい世界への旅立ち祝い、という名目で陽太は少女に「ピロシキ」という料理を振舞った。初めて食べたはずなのに、少女にはその味が懐かしく感じられた。いや、「味」を懐かしく感じたのか・・・?それとも、もっと別の「何か」を懐かしく感じたのか・・・?もどかしい思いは募る・・・。  
陽太に連れられ、川岸へとやってきた少女。そこには、「肉まん屋」の少年、一弥もいた。
「あっ、お姉ちゃん・・・。お姉ちゃんも向こうの世界に・・・?」
そう尋ねる一弥の瞳は何故か、寂しそうだった。
「あっ、うん。なんだかあっという間に、ね。もともと記憶なかったから、以前住んでたっていうところへの執着もなかったし、ね・・・」
そう答える少女の瞳にも、いつもの覇気が見られなかった。  
「そうだ、素華ちゃん、君にプレゼントがあるんだよ。ハイ、これ。」
そういって、陽太が少女に渡したものは、鈴のついた輪ゴムだった。  
受け取る少女の脳に、再び例の青年の姿が。
「これ・・・、私、昔・・・」
少女は、何かを思い出そうとする。しかし、記憶にモヤがかかっていてなかなか思い出せない。
「・・・腕につけるといい。それは君の、大切な、宝物だったはずだ・・・」
陽太は優しく、そう告げた。

 

船に乗り込む少女。その船には一弥のほかにも、多くの人々が乗り込んでいた。心なしか、老人が多い気がする。いや、老人が多かったのは村にいたときからだった。今更のように、そのことに気づく少女。  
川岸では、陽太が悲しそうな表情を浮かべている。  
なぜ、そんな悲しい顔をしているの?これから私たちは新しい世界へ旅立てるというのに、何故・・・?

 

チリーン  
船は動き出し、風を切って進む。少女の腕に巻いた鈴が、風に吹かれて、優しい音色を奏でる。  
チリーン  
「寒い・・・。ここは寒すぎるよ・・・」
少女は知らず涙していた。
「寒いよ・・・。帰りたいよ・・・」
少女は、深い眠りに落ちていった・・・。

 

・・・・・・
チリーン
少女は、階下から聞こえてきた鈴の音に反応し、大急ぎで階段を駆け下り、その音のするほうへと走っていった。
「あらあら、あなたこの音、好きなの?」
その音は、女性の持っていたサイフについている鈴から聞こえてきたものだった。  
少女は、その女性を見上げて、必死に彼女のサイフについている鈴を触ろうとしている。  
チリーン チリーン
「うふふ、本当に好きなのね?いいわ、この鈴、あなたにしばらく貸してあげる。待っててね、今外すから。」
その女性は、サイフから鈴を取り外し、少女の手首に巻いてくれた。  
少女は腕を振って、その鈴を鳴らし続けた。  
チリーン チリーン チリーン  
・・・・・・

 

それは、いつの頃の記憶なのか・・・?  
少女は、夢を見ていた。  
とても、暖かい夢を見ていた。

 

・・・・・・  
あの人にもう一度会いたい・・・。  
どうしてあの人は、私を置いて行ってしまったの・・・?  
ここは、寒いよ・・・。  
一人は、寒いよ・・・。  
どうして・・・?  
もう一度、会いたい・・・。
ずっと、あの人のそばにいたい・・・。
ずっと、ずっと・・・。
・・・・・・

少女は、思い出していた。
昔の記憶を。
そして、昔の「自分」を・・・。

・・・・・・
あの人の声がする・・・。
怒った声。なんで怒ってるの?私はただ、あの人の顔にコンニャクを落とそうと思っただけなのに・・・!
笑った声。あの人が笑ってる。私もつられて笑う。あの人が楽しいなら、私も楽しい。
あの人の声がする・・・。
「恋は、いつだって唐突だ」
あの人が、マンガを読んでくれてる。
そばにあの人の温もりを感じる。あの人の匂い、あの人の鼓動。全てが、温かい。
私の、望んだこと・・・。
ずっと、あの人のそばに、いたい・・・。
・・・・・

声が聞こえた。
自分を呼ぶ声。
「素華」じゃない、本当の自分の名前・・・。

・・・・・・
「・・・とっ!!・・・ことっ!!・・・!!」
・・・・・・

「私の名前は・・・、私の名前は・・・!!」
少女は、立ち上がった。船は依然新しい世界へ向けて走っている。風に吹かれて、鈴の音が響く・・・。

 

「私の名前は・・・!!」

 

誰かの声、私を呼ぶ声・・・。  
最初は一人だけだった。例の青年。  
でも、だんだんと私を呼ぶ声は増えていった。  
おかしな制服を着た少女、  
その少女に似たエプロンをかけている女性、  
茶色い袋を大事そうに抱えた背の低い少女、  
さっきの少女と同じ制服を着た少女、  
そして、  
ブチ模様の入った、ネコ・・・

 

「・・・まことっ!!・・・」

 

「私の名前は、真琴!!沢渡真琴!!  
素華なんて名前じゃない!!私の名前は真琴!!」

 

少女は、全てを、思い出す。

 

「帰りたい、帰らなくちゃ!!私、あそこに帰らなくちゃ!!
秋子さんの料理が食べたい!!
名雪とまだまだいっぱい遊びたい!!
たい焼きをくれたあの娘と、今度は一緒に肉まんを食べたい!!
友達になってくれた美汐に、私まだお礼を言ってないよ!!
ピロ、私の親友ピロ!!まだまだ一緒に遊びたい!!
そして、そして、あの人・・・祐一!!私、祐一に会いたい・・・、祐一にもう一度会いたい!!」
少女は、涙を流しながら叫んだ。
やっと、自分の帰るべき場所を思い出せた・・・。
私の行くべき場所、それは新しい世界なんかではない。
皆の、「家族」のいる場所なんだ!!

「思い出した!!私の帰るべき場所!!私は帰りたい!!向こうの世界には行かない!!」
少女は、船尾へと走っていった。
川岸は、大分遠ざかっていた。
「私は、帰るの!ピロや、祐一のいる世界に、帰るの〜〜〜〜〜!!!!!」
少女はそう叫ぶと、
深い川の中へと、
飛び込んでいった。

「本来全うすべき命」を代償に、「人化」した「妖狐」、それが少女の正体だった。 この「村」は、「本来全うすべき命」を全うしたものが集まり、現世での「記憶」「未練」といったものを無くすまでの間住むための「この世とあの世の境」。
この「村」では、魂を再びこの世に戻らせる、つまり「輪廻転生」させるために、記憶などの消去をさせられるようになっている。しかし、それはあくまで「本来全うすべき命」を全うしたものに適応されるルール。だから、次第に記憶を忘れていき、二度とそれを取り戻すことはない。それは、「運命」によって定められたルール。
しかし、少女のように定められた「運命」に背き、「本来全うすべき命」を全うできなかったものたち、つまり『本来まだここに来るべきではない』ものたちが、この「村」に来た場合、その反動で最初から記憶がない状態となってしまう。
つまり、現世への未練も「思い出せず」に「あの世」へと行くことができるが、それは、何も知らないまま、理由も分からないまま「最後の刻」を迎えるということであり、未練を断ち切り、新たな世界への意気込みを持って「最後の刻」を迎える以上につらいことだろう。
しかし、そういった『本来まだここに来るべきではない』ものたちだからこそ、「奇跡」はある。
彼らが、現世での「記憶」を取り戻したとき、その「記憶」は消去することができない。なぜなら、この「村」はあくまで「本来全うすべき命」を全うしたものの「記憶」を消去させるための世界であるため、「本来全うすべき命」を全うしていない彼らの「記憶」は消すことができないのだ。「記憶」を取り戻せるか、取り戻せないか、それもまた「運命」である。
陽太は、少女のそういった事情を「全て知っていた」。知っていて、「教えることができなかった」。彼は、あくまで少女の「記憶」を取り戻させるためのサポート役に過ぎず、それも露骨な手段で教えることは禁じられていた。それが、「運命」だからである。

少女は、必死に川を泳いだ。しかし、生まれてこの方泳いだ経験なんて全くない。
それでも、少女は必死に泳いだ。「自分の世界」へ帰るために。
意識が遠ざかっていく。
まだ半分の距離も来ていない・・・。
少女は力尽き、意識が完全になくなっていった・・・。

「素華・・・、いや真琴。よくぞ、記憶を思い出してくれたね・・・」
少女の脳裏に、声が響く。その声は、陽太の声だった。
少女は目を開く。さっきまで川の中にいたはずなのに、ここはどこだろう・・・?目の前には、青年の、陽太の姿があった。その姿が歪み、光だし、その光はだんだんと姿を変え、二本の尾が生えた狐、「妖狐」の姿へとなっていった。
「悪かったね、黙っていて。僕は、君と同じように「本来全うすべき命」を削って「人化」して、結果この世界にやってきた「妖狐」さ。
僕はね、もう二度と僕たちのような悲しいものを出さないように、「この世界」に留まることを選んだんだ。君のような子が、「もとの世界」に戻れるように、サポートするために。」
「じゃあ、あなたも記憶を取り戻したの・・・?帰りたくないの?」
少女は、その「妖狐」に尋ねる。
「・・・もちろん帰りたいよ。もう一度、あの人と話がしたいさ。でも、それ以上に、もう僕らみたいな悲しい「運命」をたどったものたちを救いたいって気持ちがあった。だから、僕はここに残って、君たちのような子たちを待っていた。」
「そんな・・・」
「何、君が気にすることじゃない。僕が自ら選んだ「運命」なんだ。君は、立派に自らの記憶を取り戻し、自らの新たな「運命」を切り開いた。「奇跡」は再び起こったんだよ。」
そう言って、「妖狐」は微笑んだ。  
「そうだ、感謝するんだよ、君の「友人」には。その腕の鈴、それは彼、ピロ君が届けてくれたんだよ。」
「ピロが!?」
少女は、思わずその腕にまいた鈴を見つめる。
「そう。彼、君の正体を始めから知っていたんだ。君が人間になったときに、服やらサイフやらを用意してくれたのは、彼なんだよ。ただ、彼が君のための食料を探しに行ってる間に君が目覚めて、はぐれちゃったみたいだけどね。  
今回も、彼は頑張ってくれた。君が発熱した時、彼はものみの丘へと向かい、「妖狐」たちに会って君を助ける方法を聞きだす為に、奔走していたんだ。結局、助かる方法は「この世界」で、再び「奇跡」を起こすしかなかった。  
そのために、その最後の切り札として、彼は例の鈴を「妖狐」たちに頼んで、「この世界」に運んでもらった。  
でも最終的には、君が全てを自分で思い出さなければならなかった。僕や、ピロはそのためのきっかけを与えたに過ぎない。」
思えば、風呂場にあったアヒルの人形、風鈴の鈴の音、出発祝いのピロシキ、全ては少女に「記憶」を取り戻させるためのもの・・・。  
そういえば、居間の壁にかかっていた「陽太」と一人の「少女」が写っていた写真・・・。あの写真に写っていたのは・・・。
「まさか、あなた・・・、美汐の・・・?」
「・・・もうそろそろお別れだね。「この世」へのゲートは開いた。君は、「もとの世界」へ帰るんだ。」  
少女たちの足元には、円状に明るい光が集まっていた。これが、ゲートなのか・・・?
「ねえ、陽太?!あなたは・・・?!」
「向こうの世界に戻ったら、「美汐お姉ちゃん」によろしく言っておいてくれるかい?」
そう言う彼の姿は、光の粒子となり、少しずつ消えていった。少女は、光の円に吸い込まれていき、そのまぶしさに思わず目をつむり、また意識が遠ざかっていった・・・。

第二章 「エピローグ」または新たなる「プロローグ」

空想具現化へ