その日の夕飯は鍋だった。少女は腹いっぱい食べ、満足そうに腹をさすっている。
「ふわ〜、お腹いっぱ〜い・・・。もう動けな〜い・・・・」
そう言って、少女はゴロンと横になった。
「こらこら素華、女の子がはしたないぞ。そうだ、風呂が沸いてるから、入るといい。」
「は〜い。」
少女はそう返事をすると、立ち上がり先ほど教えてもらった風呂場へと行く。
脱衣所で服を脱ぎ、湯気をたてている湯船へとつかっていく少女。お湯には、何故か黄色いアヒルの人形が浮いていた。陽太の趣味なのか・・・?だとすると、えらく危ないような・・・。
そこまで考えて、少女はなんとなくその光景をどこかで見たような気がした。しかし、それをどこで見たのか、までは思い出せなかった。そもそも本当に見たことがあったのか・・・?
長旅をしてきたはずなのに、不思議と少女に疲れはなかった。
分からないことが多すぎる。
そもそも、自分が誰なのかも分からない・・・。
風呂から上がった少女は、ふとあることに気づいた。
「あっ、私の着替え・・・。」
「ああ、ゴメン、ゴメン、そういえば渡してなかったね。さっき夕飯の材料を買いに行った時に君の着替えを買ってきてたんだったよ。ハイ。」
そういって、陽太はバスタオルに包まった少女に着替えを渡す。
「もう、そういうのは早くわたックシュン!!」
「それは一体何語だ?」
「うう〜〜、早く渡してって部分と、くしゃみが重なっただけックシュン!!」
「もとピー語だな。」
「変な言語を作るなッチュン!!」
クシャミの止まらない少女は、陽太から着替えをひったくると、自分に与えられた部屋へと逃げるように駆けていった。その後姿を、陽太はじっと見つめていた。
「・・・少しでも思い出せるといいけど・・・」
陽太は、その視線を壁にかけてある写真へと向けた。その写真には、一人の少女と陽太の姿が写っていた。
翌日、陽太は仕事があるからと朝早くに家を出て行った。少女には
「これで昼食とかを買って食べておいてくれ」と、いくらかのお小遣いを渡していった。
少女はその小遣いを持って、村の店が並ぶ通りへとやってきた。食べ物屋がメインで、そこかしこからいい匂いが漂ってくる。
「あ〜〜、すっごくいいにおい〜〜・・・。お腹すいてきた〜・・・。」
少女は匂いに釣られてあっちへこっちへとフラフラ歩いていた。
そうして歩いて10分ほどしたろうか、突然脳にズキュンとくるような匂いを嗅ぎ取った。
「こ・・・、この匂い・・・!!これは・・・?!」
何故かは分からない。でもこの匂いは知っている。無性に懐かしい匂いであり、ものすごくおいしい匂いだっ!!
少女は「肉まん屋」と書かれた暖簾のかかった店の前にいた。ここから、例のおいしい匂いが漂ってきている!!
「いらっしゃいませ〜。」
そう言って、中から現れたのは見たところ10歳前後の少年だった。
「あれ、お姉ちゃん、初めて見る人だね?ここには最近来たの?」
と、その少年は少女に人懐っこく話しかけてきた。
「あ・・・、えっとお・・・、うん。ここには昨日着たばかり・・・」
と少女は答えた。そのとき、少女の腹は限界を向かえたようだ。かわいい腹の音が響く。その音は少年にも聞こえたみたいで、
「あ、肉まん買いにきたんですよね?おいくつですか?」
と、店内の厨房にある大きな厚底鍋の蓋を開けた。中には大量の肉まんがふかしてあり、白い湯気とともに、肉まん特有のなんとも食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「あ、んっと・・・、じゃあ3つくらいで・・・」
「は〜い、3つですね?こちらでお召し上がりですか、それともお持ち帰りにしますか?」
「あっと、うん・・・、じゃあここで食べる・・・」
何故かは分からない。少女はもともと、人見知りをする性質で、人と話すのは元来苦手だったはずだ。だから、肉まんを買ったらすぐに家に帰って、一人でゆっくり食べるつもりだったのだ。それが何故、ここで食べるなどといったのだろう?この少年と少し話してみたい、と無意識のうちに考えていたのだろうか・・・?いや、そもそも人と話すのが苦手なはずなのに、何故私は陽太とあそこまで「普通」に会話できていたのだ・・・?
「お姉ちゃん、名前はなんていうの?僕の名前は「かずや」だよ。数字の「一」に、卑弥呼の「弥」って書いて、「一弥」だよ。」
「私の名前は・・・、分からないの・・・。記憶喪失みたい。・・・今は、素華って呼ばれてる。素直の「素」に「華」って書くんだって・・・。」
「・・・お姉ちゃん、昨日ここにきたばっかりって言ったよね?それで記憶喪失なの・・・?」
一弥は、意外なものをみた、という顔で少女の顔を見つめた。
「そうだけど・・、それがどうかしたの?」
「えっ、・・・ああ、うん、なんでもないよ。・・・記憶、早く戻るといいね。」
一弥は、少女にそう言って微笑みかけた。
「僕はね、6年前にこの村に来たんだ。」
「えっ、6年前・・・?!」
少女は驚きの表情を浮かべた。・・・6年前にこの村に来た・・・?!だってこの少年、どう見ても・・・。
「驚いてるみたいだね。・・・まあムリもないかな?・・・お姉ちゃんもその内、分かると思うけど、この村にはね、ある理由から元々住んでいた場所に住めなくなった人たちがやってくる村なんだ。僕もその一人。」
そう語る一弥の瞳は遠くを見つめている。その瞳には、寂しさが宿っていた。
「お姉ちゃんはもう聞いた?あの川の向こうの世界の話。」
「あ、うん。この村には、皆向こう側の世界に行く為にやってくるんだって・・・」
「そう。皆、向こう側に新たな自分の場所を見つけるためにこの村に来る。だけど、向こう側には、すぐに行けるわけじゃないんだ。」
「うん、船が来るのは不定期で、さらにその船に乗るには村長さんの許可が必要だって・・・。」
「まあ、正確には、船が来ないんじゃなくて、向こう側に渡る決心がつかないと船がやってこないし、村長さんも許可をくれないというより、自分たちで断ってる、そんな感じかな?」
「・・・えっ?!それ、どーいうこと・・・?皆、向こう側に行く為にこの村に来てるんじゃないの・・・?それなのになんで向こう側に渡る決心がつかなかったり、向こう側に行くのを断ったりしてるの?」
少女は、混乱していた。一体、この村はなんなのだ?!
「僕もそうだけど、やっぱり皆昔住んでいた場所に少なからず未練を抱いているものなんだよ。だから、なかなか新しい場所へ行きたがらないし、できることなら以前の場所に戻りたいとも願っている。だけど、それは不可能なことなんだ・・・。」
一弥は、悲しげにそう話す。
「・・・・・・」
少女は、元の場所に戻りたいと願っていた。しかし、今一弥の口から語られた事実・・・。
「元の場所に戻ることは不可能」
そのことは、少女に少なからずショックを与えた。
「でも、お姉ちゃんはまだ戻れる可能性があるかもしれないよ?」
と一弥が少女を励ますかのように言葉をつなげた。
「本当に・・・?」
「うん。この村にはちょっと不思議な力があってね、いくら昔住んでいた場所に未練があったとしても、その未練は自然に薄れていくようになるんだ。もっと正確に言うと、昔のことを忘れていってしまう。実際、僕も以前いた場所のことはほとんど覚えていないんだ。だから、今はもうほとんど未練がない。だから、そろそろ向こう側へ渡る許可が下りる頃だと思う。
僕の言ってることが分かる?つまりね、この村ではだんだんと記憶を忘れていくようになってるんだ。ところが、お姉ちゃんの場合、最初から記憶がない・・・。これはすごく特殊なケースだと思うよ。」
一弥は、そこで一息ついた。
少女はじっくりと一弥の言葉をかみ締めていた。自分は「特殊なケース」・・・?「記憶がだんだんなくなっていく村」で「最初から記憶がない」・・・?これが一体、どう「元の場所に戻る」ことと関わってくるのか・・・?
一弥は、また話し始めた。
「おそらく、お姉ちゃんは『本来、まだここに来るべきではない』のに、『間違って来てしまった』んじゃないかな?だから、その副作用で一時的な記憶喪失になってしまった・・・。」
「私は『本来、まだここに来るべきではなかった』・・・?」
「うん、だから記憶を取り戻すことが出来れば、元の世界に戻ることが出来るかもしれない。」
「・・・記憶を・・・?」
「うん、ただ確信があるわけじゃないよ。あくまでそんな気がするだけで・・・。でも、何にせよ、記憶を取り戻すことは最優先だと思う。さっきもいったけど、この村では次第に記憶が薄れていくんだ。だから、時間がかかりすぎると、ますます記憶が失われていって、取り返しがつかなくなるかもしれない・・・。」
少女は、一弥に別れを告げ、帰路についた。
元の世界に戻れるかもしれない・・・。そのためには、記憶を取り戻さなければ・・・。
記憶は、手を伸ばせば触れられるようなところにある。だけど、あと一歩が届かない・・・。そんなもどかしい思いに駆られている。懐かしい光景、懐かしい匂い、そして、どことなく懐かしい面影のある、自分を拾ってくれた彼・陽太・・・。彼と話している時、なんとなく落ち着く気がする。それは、まるで・・・。
少女の不安は募る・・・。
早く記憶を思い出さねば、この村にいる限り記憶はどんどん薄れていってしまう・・・。
少女が村に来て、もう1ヶ月が経とうとしていた・・・。