エージェント夜を往く〜菊地真の冒険〜
ボクの名前は菊地真。
漆黒の夜を根城とする、しがないフリーのエージェントさ。
その日、ボク宛に一通の謎の封筒が届いた。
差出人は“貴女のネージュマルシェ”、消印などが無いことから直接ボクの隠れ家のポストに入れられたものと思われる。
封筒の中には一枚の手紙が入っていた。
手紙の文字はワープロで打たれていた。筆跡を誤魔化すためか。
その手紙の内容は以下の通りだ。
「8の月、Xが3つ並ぶ前日、関を越え、門へ至れ。
避難所の持ち場を離れ、伝達せよ。
行き先には福が待っている。
Mより西に入り、貝の小山へ。
メトロよりウラヌスへ。
クワトロより上がればそのまま北へ向かい、2つの3、1つの1の場所へ。
木の下より3階へ。
良い旅路のゴールはそこにある。
29番、9:28pmに私は待つ。」
どうやら、暗号文のようだ。
なるほど、このボクにこの暗号を解いて指定の場所へ来いと言うわけか。
面白い、“ネージュマルシェ”とやら、その挑戦受けてやるよ!
まずは、最後の行。
9:28pmで待つとある以上、待ち合わせは夜だ。
日付は?
最初の行より8月のいつか。
ローマ数字のXは10を表す。つまり、Xが3つで30日、その前日だから待ち合わせ日は8月29日だ。
…今日じゃないか!
今日の午後9時28分に、“ネージュマルシェ”は何処かで待つと言っている。
では、その場所は何処なのか?
“関を越え、門へ至れ”。
関、門………関門か。
つまり、山口県下関市を越えて北九州市は門司区へ来いと言っているのか。
ちょうどボクは今とある任務で門司に来ている(全世界の至る所にボクの隠れ家はある)。
いや、ボクが門司に来ていることを知っていてわざわざこのような書き方をしたのだろう。でなければ、門司にあるボクの隠れ家のポストに直接封筒を入れることができないからだ。
要するに、門司が出発地だとここで明言しているわけだ。
“避難所の持ち場を離れ、伝達せよ”か…
“避難所”とはどこのことだ?地震などで地域住民が避難する場所か?
いや、それでは曖昧すぎる。もしそうであるならば、もっと具体的な場所を示す手がかりがあるハズだ。
避難所……避難所……
ボクは関門海峡を前にしながらその意味を考える。
関門海峡を渡り、門司港へと入ってくる多くの船がボクの目に入ってくる。
……待てよ、“避難所”…確か英語で“harbor”……そして“harbor”のもう一つの意味は“港”…
そうだ、これは今ボクのいる場所、“門司港”を指しているに違いない!
だとすれば、これと同じ要領でこの一文を読み解くと、“持ち場”は“station”、そのもう一つの意味は“駅”!
“伝達せよ”、伝達するは英語で“express”、そのもう一つの意味は“快速列車”!
そういうことか!
この文章は“門司港駅から快速列車に乗れ”という意味だったんだ!
早速ボクはその足でレトロな噴水がトレードマークである門司港駅へと向かう。
現在時刻は19時。門司港から出ている快速は福岡方面行のものと大分方面行のものがある。
“行き先には福が待っている”、つまり福岡行の快速列車に乗れと言うことだろう。
ボクは19時21分発の荒木行快速列車に乗り込んだ。
4行目の“Mより西に入り、貝の小山へ”。
“Mより西に入り”というのは、乗り換えを意味しているのか?“M”という駅から“西”へと乗り換え、“貝の小山”へ向かう…?
しかし“M”とは…?
“M”…
そう言えば、この暗号の1行目にはローマ数字の10を表すXが使われていたな…
Mと言えばローマ数字の“千”を意味するアルファベットだ。
そこでボクは列車に乗り込む前に入手しておいた県内の路線図(JR以外にも西鉄電車や福岡市営地下鉄の路線図まで載っている優れものだ)を眺める。
鹿児島本線で“千”のつく駅………
あった、“千鳥駅”と“千早駅”だ!
しかしどっちだ?
他にヒントは………?
…そうか、今ボクの乗ってる快速列車だ!
快速列車が止まるのはこの2つの駅の内“千早駅”のみ!
そして千早駅からだと、“西鉄電車”への乗り換えが可能!
“Mより西に入り”というのは、“千早駅でJRから西鉄電車へと乗り換えろ”という意味だったんだ!
そうしてボクは次に西鉄電車の路線図へと目を走らせる。
あった、“貝の小山”だ!
“小山”、つまり“mound”、“貝の小山”=“shell mounds”で“貝塚”、“西鉄千早駅”から“貝塚駅”へ向かえということだ!
快速列車が千早駅へ着くまではまだ時間がある。
今のうちに全ての暗号を解読しておこう。
“メトロよりウラヌスへ”。
“メトロ”というのは、フランス語で“地下鉄”のことだ。“貝塚駅”からは福岡市営地下鉄が出ているのだから、間違いないだろう。
では地下鉄に乗って何処へ向かえと言っているのか?
ウラヌス……天王星のことか?
いや、地下鉄に乗って宇宙へは行けない。そんなのは銀河鉄道以外では無理だ。
ということはこの場合の“ウラヌス”はローマ神話の神で、ギリシャ神話で言うウラノスのことだろう。
ウラノスといえば、最近ボクの知り合いからこんな話を聞いたな。
『ギリシャ神話において、全世界を最初に統べた神々の王、それがウラノスだ。ウラノス、ウーラノスはギリシャ語で“天”を意味し、天を神格化したものなんだ。天空神とも呼ばれるな。』
天空神………“天神”か!
つまり、貝塚駅から地下鉄で天神駅まで行けということ。
そうこうしている内に千早駅へと着いた。現在の時刻は20時35分。
JRの改札を出て、新たに切符を買い西鉄電車の改札を通る。
西鉄の方は自動改札ではなく有人改札だったことにちょっと驚いた。
列車の来る時刻を調べていると(電光掲示板ではなく、紙に時刻表を書いたものが張り付けてあるだけ)、駅員さんが気さくに話しかけてくれ、「貝塚行きなら20時38分だよ」と教えてくれた。
20時38分か…
20時38分発だと、貝塚に到着するのは20時44分だ。
20時44分より後における貝塚発の地下鉄は20時49分がある。
これだと天神までは乗り換えなしで行ける。貝塚から天神までの所要時間は12分だから、天神に到着するのは21時01分。
これなら、21時28分の待ち合わせ時間にギリギリ間に合うだろう。
西鉄電車と地下鉄に揺られながら残りの暗号を読み解く。
“クワトロより上がれば”、“クワトロ”はイタリア語で4、だからこれは恐らく“地下鉄天神駅の4番出口から地上へ上がれ”という意味、“そのまま北へ向かい、2つの3、1つの1の場所へ”は恐らく住所を示しているのだろう。
天神地下鉄駅の改札を出て、4番出口を探す。
と、その前に壁に駅周辺地図が貼られているのを見つけたのでそれを眺める。
どうやら、ボクの予想通りらしい。
“天神北側”に“天神3丁目”というのがある。そこの“3番地1号”に目的地があるのだ。
さて、残る暗号はあと少しだ。
“木の下より3階へ”、これはビルのことを示しているに違いない。
天神3−3−1にあるビル、これだ“木下ビル”。
ここの3階に“良い旅路のゴール”があるのだろう。
なるほど、3階にあったのはフランス料理店“ボン・ボヤージュ”、フランス語で“よい旅路を”だ。
そこの“29番テーブル”に、果たして待ち人はいた。
「ゴメンゴメン、待った?」
「ううん、全然。それよりもよくここまで辿りつけたね、真ちゃん。」
「いや〜、もう大変だったよ。けっこう時間ギリギリでさ〜…」
ボクは頭をかきながらその少女の前の席に座る。
「そんなことより、この暗号作ったのって君じゃないよね、雪歩?」
ボクは目の前の少女・萩原雪歩に尋ねた。
「あ、うん。本当は普通に手紙書いて真ちゃんに渡そうと思ってたんだけど、プロデューサーがどうせなら、って…」
あ〜、やっぱりプロデューサーの仕業か〜…
あの人は大のミステリマニアで暇さえあれば完全犯罪のネタを考えているような人だからな〜…(もちろん、実際に実行しようと言うわけではなく、あくまで物語的なものとして、だけど)
「ここのフランス料理店だって、プロデューサーが予約してくれたもので…
私は、門司港にあるレストランでって考えてたんだけど…」
ボクと雪歩は、アイドルユニット“True Snow”を組んでいて、今回は某ローカル番組の“門司港レトロ特集”への出演依頼を受けて、数日前から九州は福岡の門司にやってきていた。
福岡には以前仕事で来たことはあったけど、門司港の方は双海亜美と双海真美が“ハプニング☆ロケ”で行ったのを映像で見たことがあっただけだったので、今回の仕事はすごく楽しみだった。
その仕事が終わったのが昨日の金曜日で、今日明日の土日はフリーにしていいぞってプロデューサーに言われて、ボクと雪歩は2人でどこかに行こうかって話をしてたんだけど…
「まさか、夜中に暗号でこんなところまで呼び出されるとは思わなかったよ…」
「ごめんね、真ちゃん。でもこれくらいした方がサプライズにはなるだろうって、プロデューサーが言うもんだから…」
雪歩のセリフが言い終わるのと同時に、ウェイターさんがボクらのテーブルに料理を運んできた。
「うわ、本格的なフランス料理だ…ボク、マナーなんて知らないよ?……って、これは…?」
ボクの前に出された料理には何やら文字が書かれていた。
「ハッパーバースディ、真ちゃん!」
ボクが文字に目をとられていた間に、雪歩は手にクラッカーを持って、それを鳴らしていた。
「うわっ、ビックリした〜…えっと、半ば予想はしてたけど、まさか本当にボクの誕生日祝いのためだけに、このお店を…?」
「うん、そうみたい。プロデューサーもとんでもないことを思いつくよね…」
「お金とかどうしたんだろう…?」
「律子さんには内緒だぞ、だって……」
一体、どこから捻出したんだろう……?
「あ、これ、私からの誕生日プレゼント。」
そう言って雪歩から渡されたのは、小さなフグのついたかわいらしいストラップだった。
「あ、これかわいい!」
「でしょ?絶対真ちゃんなら気に入ると思って。」
そう言いながら雪歩は自身のケータイを鞄から取り出した。そのケータイには同じストラップがついていた。
「あ、雪歩のは黒いんだね。」
ボクのストラップは白くなっている。
「うん、お揃いのにしてみたんだ。」
「大事にするよ、雪歩。」
雪歩の話によると、雪歩自身は門司港にあるレストランでボクの誕生日を祝おうと計画していたらしいんだけど、その話を聞いたプロデューサーが「いや、待て!俺にいい考えがある!」ってなことになってこうなったらしい。
「でも、ボクがあの暗号を解けなかったらどうするつもりだったんだろう?」
「それなら心配はないだろうって、プロデューサーは言ってたよ。」
「どういうこと?」
「『今日、この日のために真には様々な雑学知識を教えておいたからな、絶対分かるハズだ!』って…」
ああ!!だから昨日突然プロデューサーがギリシャ神話の話を始めたり、ローマ数字の読み方を教えてくれたり、英単語が持ついろんな日本語の意味とかを教えてくれたのか!
「あれらのことって、全部今日この日のためのことだったのか…」
「ふふふ、まあでも、私は真ちゃんと2人きりになれるのなら何処でも良かったんだけどね…」
「……雪歩?」
「真ちゃん、最近はソロ活動以外にも響ちゃんとのデュオ活動だったり、私は私で四条さんとの活動が多かったから、長らく私たち“True Snow”としての活動が無かったから…」
ボクと雪歩は“True Snow”としてお互いにアイドルデビューを果たし、それまではずっと一緒に活動を続けてきた。だけど、961プロの“プロジェクトフェアリー”との対決の中でソロ活動をすることが多くなり、我那覇響や四条貴音といった新しい仲間が増えてからは、それぞれライバル同士だったボクと響でのユニット活動や雪歩と貴音のユニット活動がメインになっていった。
事務所で顔を合わすことはあっても、こうして“True Snow”として活動することは本当に久しぶりのことだった。
「四条さんとの活動も楽しいけど、でもやっぱり初めての相手である真ちゃんとの活動は、なんていうかスゴク特別な思いがあって、その〜……」
「ボクもだよ、雪歩。今のボクがあるのは、雪歩と一緒に活動してきたからこそなんだ。だから、」
「うん、」
「「これからも2人、一緒に頑張って行こう!」」
ボクと雪歩はお互いにグラスを合わせて乾杯をした。
「なぁなぁ、プロデューサー、自分たちはいつあの会話に入っていけばいいんだ?」
「ううむ、あの2人のガチな雰囲気に絡みづらくなってしまったな……」
「ちょっと、どうすんのよ、それじゃあ?!せっかく用意した私たちのプレゼント渡せないじゃない!」
「まあまあ、良いではありませんか。今のあの2人の間に割って入るのは野暮というものでしょう。」
「そうね、プレゼントは後で渡せばいいしね。そんなことよりプロデューサー、今後数カ月減給ですからね?」
「くぅっ、誰だよ律子に今日のこと知らせたのは〜ッ?!」
真と雪歩の座っているテーブルから少し離れた席に、5人の男女が座っていた。彼らの席は、真や雪歩の座っている席からは観葉植物などのおかげで死角になっている。
「そうだ、自分プロデューサーに聞きたいことがあったんだ!」
「なんだ、響?」
巨大なポニーテールが特徴的な少女、我那覇響は前の席に座る青年男性に尋ねた。
「この暗号の差出人の“ネージュマルシェ”ってのは何のことなんだ?」
「あら響ったら、そんなことも分からないのかしら?」
「え?!じゃあ伊織は分かるって言うのか?!」
響の隣でウサギを膝の上に置いている少女、水瀬伊織が自信満々に答える。
「“ネージュ”、“Neige”はフランス語で“雪”のこと。“マルシェ”、“Je marche”はフランス語で“歩く”って意味よ。」
「なるほど、2つ合わせて“雪歩”というわけですね。さすがは伊織殿、外国語に長けていますね。」
伊織の隣に座っている銀髪の少女、四条貴音が伊織のあとを受ける。
「へ〜、プロデューサーもなかなか洒落た名前を考えるのね。ユニット名はセンスないのに。」
青年男性の隣に座るメガネでおさげの少女、秋月律子が皮肉っぽく言う。
「何?俺の考えるユニット名の何処がセンスないっていうんだ、失礼な!」
「千早と美希のユニットで“サウザンドスター”は無いと思います。」
「私と律子のユニットで“Aqua Moon”も捻りが無いわよね…」
「そうか…?カッコイイと思うんだがな〜……」
彼らは真や雪歩と同じ765プロのメンバーで、青年男性は彼らのプロデューサーである。
今回、真の誕生日であるこの日、真と雪歩の2人が仕事で福岡にいることになったため、765プロ全員で彼女の誕生日祝いが出来なくなってしまった。そこで、765プロを代表して響と貴音が福岡に来てサプライズで皆からのプレゼントを渡そうということになっていた。
この計画を雪歩に話してしまうと、雪歩から真にサプライズがばれる可能性があったため、雪歩には内緒にしていた。
また、雪歩ならきっと真の誕生日を自分一人だけでも祝おうとするに違いないと考え、雪歩の計画に便乗することにしたのだった。
ところが、雪歩が真と一緒に行こうとしていたレストランでは自分たちの隠れられるような場所が無かった(どの席からも死角となるような席が無かった)ため、またプロデューサーの悪い癖が始まったこともあって、このような大げさなことになったのだ。
ちなみに伊織がいるのは、この店が水瀬グループの系列のもので伊織権限で費用を少し安くしてもらえないか、とプロデューサーが頼み込み、「それなら私が直接行った方がいいわね。まあ、真の誕生日祝いには全然、これっぽっちも興味無いけど、そういうことなら仕方がないわね。」という理由から。
しかし、いくらか安くはなると言ってもそれでも予算オーバーであるのは間違いなく、765プロの会計管理も行っている律子には内緒にしておきたかったわけなのだが、いざ響が765プロを発つ直前に「今夜はフランス料理だー!」とうっかり口を滑らせてしまい、それが律子の耳に入り、結果何故か律子までやってくるということになったのだった。
「っていうか、律子!お前まで来ることはなかっただろう?!ただでさえ予算オーバーだというのに、さらに費用増やしてどうすんだよ!」
「ご心配なく、私の分は交通費も含めてプロデューサーの給料から引いておきますから。」
「ちょっ…、おまっ!!何でそうなr…」
「会計係である私に内緒で勝手なことをした罰ですよ。」
「この鬼メガネェエエエエエエエエエエエッ!!」
「誰がロー●ンエビフライ頭鬼畜メガネですってええええええええええっ?!」
「ローソ●エビフライ頭は言ってねぇええっ!!」
「ちょっと、2人とも静かにしなさいよ!他のお客様の迷惑になるわよ。」
「あれ、ハム蔵どこ行った?!」
「ハム蔵…?まさか響、貴女……!」
「うん、せっかくフランス料理食べれるっていうからハム蔵にも食べさせてやろうと思って、ポケットの中に入れて連れてきてたんだけど、今見たらいないんだ!」
「なっ…、なんということを……!」
「あれ、なんだか後ろの方で聞いたことのあるような声が…?」
ボクはふと後ろを振り返った。
ボクらの席からは観葉植物のせいで死角になっている席で騒いでいる男女がいた。
「あの席の人たち……、まさか…!」
予想を確かめようと思い、席を立とうとしたところで、
「ひゃぅっ?!なっ…何かが私の足元にいますぅ〜?!」
目の前の席の雪歩が叫び声をあげた。
「足元に?!」
ボクはテーブルの下にもぐり、雪歩の足元を確認すると、
「ハ……ハムスター?!こっ、これってまさか……!」
「おお、真!!ハム蔵を捕まえてくれたのか!!」
聞きなれた声が背後から聞こえた。
「ハム蔵?!それに、響じゃないか!!どうしてここに……ってことはやっぱりそこの席にいるのは……」
「ハッピーバースディ、真!!」
何故か顔にハリセンのようなあとが付いているプロデューサーがクラッカーを鳴らしながら姿を現した。
「いや〜、スマナイな2人きりのところを邪魔しちゃって…」
「いえ、全然そんなこと!」
結局、ボクらはプロデューサーらと一緒になって席を囲むことになった。
「真、誕生日プレゼントだぞ!これが自分からで、こっちが春香・やよいからだ!」
「こちらが私と伊織殿からで、こちらが音無殿と社長からです。」
「まあ、そんな大したもんじゃないけどね。ありがたく受け取りなさい!」
「んで、これが私とあずささんと千早と美希からの分。本当は事務所に帰って来てから渡そうと思ったんだけどね。」
「俺からは、ここの料理だ。……お前たち、しっかり味わって食えよ!!」
何故かプロデューサーは涙目になっている。あ、そう言えば律子には内緒にしとけって話だったんだよね?そこに律子がいるってことは………、プロデューサー、ボク今度料理を作りにいってあげますからね!
「うぅ、しばらくは『ドリー●クラ●』行きは控えないと……」
…………前言撤回。
ここがフランス料理店だってことも忘れて、すっかりお祭り騒ぎになってしまったボクらの席。
周りのお客に迷惑じゃないのかな〜と思っているとそうでもなく、どうやら全員ボクらがアイドルだと言うことに気づいたみたいで(銀髪の貴音はどうしたって目立つからな〜…)、むしろ一緒になって騒いでくれている。
店の従業員たちも別段この騒ぎを止めようともしない、どころか積極的に騒ぎに加わっている人もいる(後で話を聞いたところ、どうやらここの店は水瀬グループの関連会社みたいだから、伊織が騒ぎの中にいる以上、店側も止めるわけにはいかないということらしい)。
ボク一人のために店の中にいた人たち全員がバースディソングを歌ってくれたり、偶然居合わせたファンからその場でプレゼントを頂いたり、ある意味でいろんなサプライズがあった。
隣に座る雪歩にボクは申し訳なさそうに言った。
「ゴメンネ、せっかく2人きりでってことだったのに、なんだかこんなことになっちゃって…」
「ううん、全然気にしてないよ。それに今日は本来真ちゃんの誕生日なんだもん。皆で祝ってもらった方が楽しいでしょ?」
「まあ、そうだけど…」
「それに、明日だってあるんだもん。」
「……雪歩…」
雪歩は一旦目をつむり、頬を赤らめながら続ける。
「…明日は、2人っきりで過ごそうね。」
「そうだね。明日は、久しぶりに2人っきりで楽しもう!」
「うんうん、仲良きことは美しきことかな、だな。」
「うまいことまとめたつもりでしょうけど、プロデューサー?早いところ切りあげないと、プロデューサーの給料、数ヶ月無くなっちゃいますよ?」
「………律子…」
「ん?」
「なんとか、ならないのか…?」
「無理です、不可能です、なんともなりません。」
「…ハァ……、真、誕生日おめでとう。お前はこれからもどんどん伸びていってくれ……っ!」