12月、教師がその忙しさから走り回るという師走の月。
ここ765プロでもその忙しさは顕在だった。
「律子、年末年始のスケジュール調整は済んだか?」
「あともう少し待って下さい、プロデューサー!伊織の調整は大方済みましたけど、“True Snow”の調整がまだあと少し残っています。
それと、真が単独で出演しているドラマの撮影スケジュールの方も、先方の方からの連絡がまだ無くて…」
事務所でパソコンや山積みとなった書類とにらめっこする者、慌ただしく室内を行ったり来たりする者、電話を2つも3つも耳に当てている者…
「ああ、あれか……ん〜、何しろ共演者が彩之宮プロのわがままお嬢様だからなぁ…いいよ、真の件については俺が預かろう。律子は“True Snow”の調整を急いでくれ。
それからヨウカの方はどうなってる?」
「“Sky High!”の方は調整OKよ。問題は千早のスケジュールね。やはり年末年始の歌番組で彼女を使いたいと考えている局は多いから、そのあたりの調整が難航しそうね。」
人員そのものは少なく、普段は閑散としている事務室も、この時期になるとご多分に漏れず活気づき、師走の名を裏切ること無く走り回る職員たち。
「そうか、こちらもあずささんへの歌番組出演オファーが多数来ているからな。ヨウカ、申し訳ないが千早のスケジュールと一緒にあずささんのスケジュールも組んでくれないか?2人とも同じ番組からのオファーがほとんどだろうから、まとめて一緒に組んだ方がいいだろう。」
「了解。その代わり、今度何かおごってよ、ヨウイチプロデューサー?」
「…OK、善処させていただきます。」
「ヨウイチプロデューサー、美袋様からお電話です。何でも、1月中旬に放送予定の番組に美希ちゃんを出していただけないか、って。」
「あ、小鳥さん。美袋さんって言うと、ミコトテレビのあの人か…美希にオファーですか?分かりました、代わりましょう。」
この狭い事務室で今アイドルたちの年末年始のスケジュール管理に追われている3人のプロデューサーと1人の事務員。
1人はついこの間まではアイドルとして活躍していた、メガネが似合う少女・秋月律子。彼女は765プロのアイドル第1期生で、デビュー曲「魔法をかけて!」ではオリコン初登場3位、その後も発表したシングルは常にオリコン上位を占め、ファーストアルバムでは堂々のオリコン1位を獲得した。765プロの名を世に知らしめるきっかけとなった伝説のアイドルである。昨年、満員に埋まったドームの中で惜しまれつつもアイドル業を引退することを表明、今後は新たな人材育成を行うため、プロデューサーとして活動していくことを宣言した。
2人目はやはりかつてアイドルとして活動していた、ショートヘアにうなじの所で束ねた髪が特徴的な女性・藤乃陽一(ふじのようか)。漢字で本名を書くと、大抵の人が読めないため胸につけているネームプレートにはカタカナで“ヨウカ”と書かれている。
3人目は765プロの運営にも携わっているヨウイチプロデューサー。765プロ設立時からプロデューサーとしても事務員としても関わってきたため、事実上彼こそが765プロの功労者と言えるだろう。常に野球帽をかぶっているため、アイドルたちの間で一時期“ハゲ”なのではないかといううわさが流れたこともあるが、実際にはハゲてなどはおらず、ただ単に彼が趣味でかぶっているだけで深い意味はない。事務所の皆から(担当アイドル以外からも)プロデューサー、あるいはプロデューサーさんと呼ばれている。
最後の1人は、緑色の事務服にインカムがよく似あう女性・音無小鳥。天然なのか狙っているのか、絶妙なボケで雰囲気を盛り上げてくれる765プロの看板事務員。彼女も昔はアイドルとして活躍していたのだが、現在ではアイドルたちを支える側として裏で活躍してくれている。
「ふ〜ん、デビュー前の美希にオファー、そしてミコトTVってことは、さしずめ“T=祐一の新人アイドル発掘の旅”への出演依頼、ってところかしら?」
「律子さん正解です。どうやらこの間美希ちゃんが行った路上ライブを見てピーンと来たとかで。」
「となると、美希のスケジュールは調整のし直しみたいね。ヨウイチも大変だわ…」
ヨウカは他人事のように電話口で話しているヨウイチを見てつぶやく。
「本当に大変なのは美希がデビューしてからでしょうね。“T=祐一の新人アイドル発掘の旅”へ出演したアイドルのほとんどは現在売れているアイドルたちですからね。これに出演したとなると美希の人気もウナギ登りに急上昇すること間違いなしですよ。」
そういう律子自身もデビュー前にこの番組に出演したことがあった。以来、765プロのアイドルたちのほとんどがこの番組に出演することになり、売れていくきっかけともなった。
そんな話をしていたところで、事務所の外の階段を人が上がってくる音が聞こえてくる。しばらくすると事務所の扉が開けられ、2人の少女が入ってきた。
「おっはよーございまーすっ!」
「うっう〜!おはようございま〜すっ!!」
頭のリボンがチャームポイントでピンク色のマフラーに白いコートを着た背の高い方の少女・天海春香と、もう一人はオレンジがかった髪を左右でしばって腰を垂直に曲げて両手は大きく後ろに反らして挨拶をしている茶色いジャンパーを着た少女・高槻やよい。
2人は“Sky High!”としてヨウカのもとアイドル活動をしている。まだまだアイドルとしては駆け出しで、CDもまだ「太陽のジェラシー」と「おはよう朝ご飯!!」の2枚しか出していないが、地方のローカル番組への出演といった地道な努力を積み重ねていった結果、最近徐々に人気が出始めていて、今月に発売される新曲と合わせての歌番組出演も決まっている。
「春香にやよい、おはよう。2人とも元気ね。一緒だったの?」
「ハイ、昨日は土曜日だったのでやよいの家に泊めてもらったんです。」
春香は普段は事務所まで遠距離通勤をしている。だから金曜日など次の日が休みの日の場合はパートナーでもあるやよいの家に泊めてもらうことが多い。
「ヨウカさん、今日の予定は何ですかぁ?」
「うん。今日は私、千早のTV出演のために事務所を開けるから、ヨウイチプロデューサーについて新曲の歌詞レッスンをしてもらう予定だったんだけど……」
そう言ってヨウカはヨウイチの方を見やったのと同時に、ヨウイチの方は電話が終わったらしく、受話器を置くと同時に椅子にかけていた自身のコートをはおると
「スマン、ヨウカ、律子!今日はこれから美希を連れて美袋さんと会うことになったから午前中は事務所を開けることになった。だから、今日見る予定だった……と、春香にやよいはもう来てたか。」
「ハイ、プロデューサーさん、おはようございます!」
「おはようございま〜すっ!!」
「春香にやよい、スマナイ!今日はそんなわけで午前中の歌詞レッスンを見られなくなったから、律子のもとで真や雪歩らとボーカルレッスンをしてもらっていいか?
律子、大丈夫か?」
「ええ、私は問題なしですよ。それに元々見る予定だった美希に比べれば、春香とやよいの2人を見る方がはるかに楽ですからね。」
「そうか、それなら頼む。俺はこれから美希を迎えに行ってくる。小鳥さん、事務所の車借りますよ。」
「ハイ、分かりました。気をつけて行ってくださいね。」
765プロでは1人のプロデューサーにつき数人のアイドルがついている。したがって、プロデューサーが1人(1組)のアイドルに付きっきりになる場合(例えばオーディションやTV出演、地方ロケなど)は、他のプロデューサー(場合によっては小鳥やアイドル第1期生であるあずさや千早も)が掛け持ちで他のアイドルたちを担当することになっている。もちろん、専門の先生を呼んで特別にレッスンを行う場合もあるが、基本的にはプロデューサーらが直接レッスンを担当している。そこには資金的な問題もあるのだが、何よりヨウカにしろ律子にしろ元アイドルたちがプロデュースを担当している以上、わざわざ先生を呼ぶまでもないというわけだ。
「と、その前に美希に電話をかけとかないと。美希のことだから、どうせまだ寝てるんだろうからな〜…」
そう言うとヨウイチは自身の携帯電話のアドレス帳を開き、そこから“星井美希”の電話番号を呼び出して発信する。
しばらく電子音が続いた後、その音が鳴りやんで
「“ただ今電話に出ることができません、留守番でん…”……もしもし、なの〜…」
留守番電話サービスへと転送する旨を伝えるメッセージは途中で切られ、明らかに寝起きだと分る眠そうな声が電話口から聞こえてきた。
「美希、お前やっぱり寝ていたな…今日は朝からレッスンだと言っておいただろう?」
ヨウイチは心底あきれたような声で電話に出た少女・星井美希に言う。彼女は普段からしょっちゅう遅刻しており、最早常習犯と化していた。朝に弱いというわけではなく、意味もなく年がら年中眠いだけだというのだから余計にたちが悪い。
「…………、あ、プロデューサー!おはようなの〜♪」
「最初、俺からの電話だってことにすら気づいていなかったな…まあいい。美希、今日は午前中のレッスンは中止だ。その代わり…」
「?!まさかプロデューサー、美希をデートに連れて行ってくれるの?!」
「んなわけあるか!仕事だ、仕事!これからミコトTVの美袋さんと会うことになった。今すぐ着替えて家で待っていてくれ!俺が車で迎えに行くから。」
「ちぇ〜、デートだと思ったのにぃ〜…ショックなの〜…」
「いいか、俺が迎えに行くまでにしっかり目を覚ましておけよ。」
「…分かったなの。」
美希の返事を聞くと通話を終え、ヨウイチは小鳥から事務所の車のカギを受け取って、事務所を出て行った。
事務所に来たばかりの春香とやよいはヨウカに尋ねる。
「美希にオファーが来たんですか?」
「ええ、あなた達も以前デビュー前に出たことがあったでしょう、例の“T=祐一の新人アイドル発掘の旅”に。」
「ああ、あの番組ですね!私覚えてますよ!」
「あの時のやよいはスゴかったよね〜、フフフ、思いだすだけで笑いが…」
「もうっ、春香さんだって生放送だっていうのにあんなことやっちゃうんですから…!」
「いや、だってあれは…」
春香とやよいが自分たちの思い出話に花を咲かせていると、ドタドタと事務所の外の階段を人が走って登ってくる音がし、程なく事務所の扉が勢いよく開かれ
「や〜りぃっ!ボクがいっちば〜〜んっ!!」
「亜美がにば→→んっ!!」
「くぅ〜〜っ!!ずるいよ亜美→→!!あそこであたしを騙すなんてぇ→!」
「今時“あ、空飛ぶUFO!”なんて言って騙されるのなんて真美くらいだよww」
「あ、空飛ぶ兄→ちゃん!!」
「えっ、嘘?!」
「亜美も騙された〜!や→い、や→い!!」
「ちょっと、亜美も真美もやめなよ、大人げないよ……ってまだ2人とも子供か。」
事務所に一番と言って入ってきたのは、ショートヘアにアホ毛2本が特徴的な黒いジャンパーを着たボーイッシュな少女・菊地真。その後に入ってきた黄色いジャンパーを着たそっくりな顔をした幼い2人の少女・双海亜美と双海真美。名字からも分かるとおり、2人は双子である。
そんな彼女らに遅れて、息を切らせながら入ってくるロングヘアーで頭にリボンのついたピンク色のカチューシャをつけた少女
「ハァ、ハァ、アンタたちってば、本当に体力バカね…
ハァ、ハァ、アンタらに付き合わされる私たちの身にも…ハァ、なって欲しいわ。」
水瀬伊織。頭のピンク色のカチューシャだけでなく、着ているコートもピンクで、左腕にいつも抱えているウサギの人形(名前はウサちゃん)もピンク色で、走ってきたのだろうか、顔もピンク色に上気しており、文字通り全身ピンク色なのだった。
その伊織のさらに後から事務所に入ってきた、今度は全身が文字通り真っ白な少女
「でも、やっぱり真ちゃんは元気な真ちゃんが一番だよ。」
萩原雪歩。白いニット帽に、色白の肌、白いコートに白い手袋、白いソックスから白いヒール。ここまで白が似合う少女は彼女をおいていないだろうというくらいに、白が実に雪歩には似あっている。
「全く、それにしたって小学生と本気でやりあわなくてもいいでしょうに…」
雪歩のさらに後から入ってきた、長い黒髪がよく似あったスレンダーな美少女・如月千早。小学生(亜美と真美)と本気でかけっこをする真に心底あきれたというような顔をしている。というか実際あきれているのだが。
「みんな、おはよ〜う!」
「おはようございま〜す!」
そんな彼女らに春香とやよいが挨拶をする。
「おはよう、春香、やよい!」
「「おっはよ→→ん!」」
「おはよう、2人とも早いわね。」
「おはよう、春香ちゃん、やよいちゃん。」
「おはよう。」
「おはよう。にしてもアンタたち皆一緒だったの?」
律子が一緒に入ってきた彼らに尋ねる。
「ええ、偶然同じバスだったんです。それで…」
「バスを降りたところで亜美ちゃんと真美ちゃんが突然事務所まで競争しよう、って…」
「不意をつけばまこちんにも勝てると思ったんだよ〜。」
「運動でボクに勝てると思ったら大間違いだ!」
「だからって小学生相手にマジになんなくてもいいでしょうが!」
「そういう伊織だってけっこう本気だったじゃないか。」
「だって、例えかけっこだろうと負けるのは嫌なのよ!」
「ハイハイ、そこまで。とりあえず汗を拭きなさい。風邪ひくわよ?」
そう言ってヨウカは走ってきたであろう真、亜美・真美、伊織にタオルを投げ渡す。
「千早と雪歩はタオルは必要ないわね?」
「ハイ、大丈夫です。」
「私たちは競争には参加していませんので。」
「あれ、そう言えばプロデューサーはいないんですか?」
タオルで汗を拭きながら事務所を見渡していた真が尋ねる。
「ああ、ヨウイチプロデューサーは急遽予定が入っちゃってね。美希ちゃんと一緒にミコトTVに向かったわ。」
皆にコーヒーを配りながら小鳥が答える。
寒い中をやってきた彼女らの喉を熱いコーヒーがうるおしていく。
「小鳥さん、私砂糖もう1個もらっていいかしら?」
「ハイどうぞ、伊織ちゃん。あ、そうだ。伊織ちゃん今日は午後から鴇羽出版の週刊誌“My姫ーズ”のインタビューを受けるんだったわよね、それ私が付いていくことになったんだけど、いいかしら?」
「私は構わないけど、事務の方は大丈夫なの?」
「事務は私がいるから大丈夫よ、伊織。そんな心配より、アンタは今日のインタビューで何を答えるかしっかり予習してきたの?」
伊織の担当プロデューサーである律子が彼女らの会話に加わった。
「ええ、バッチリよ。任せときなさい!」
そう言って胸を叩く伊織。
「だといいんだけどね。頼むから記者さんの前で素は出さないでよ、伊織?」
ヨウカが皮肉っぽく伊織に言う。事務所内にいた全員がそのセリフに思わず吹き出してしまう。
「さて、千早。そろそろTV局に向かおうと思うんだけど、大丈夫かしら?」
「ええ、私の方は大丈夫です。」
「OK!じゃあ小鳥さん、律子、後は任せたわ。春香、やよい、しっかりレッスンしておくのよ?」
「ハイ、ヨウカさん!」
「千早さんも頑張ってくださいっ!」
「ありがとう、やよい。行ってくるわね。」
そう言ってヨウカと千早の2人は事務所を出て行った。
「千早ちゃん、今日は何のTVに出るんですか?」
そう律子に尋ねる雪歩。
「え〜っと、確か……っとこれだ、スズシロTVの歌番組“DJユキノのミュージックタイム!”ね。」
「お→!あれあたしたちも見てるよ!!」
「DJユキノの相方のハルカが面白いんだよね→→!」
「えっ、私?!」
「はるるんじゃないよ→」
「ボクもその番組時々見てるよ!確か以前律子も出たことがあったんじゃなかったっけ?」
真にとって律子は担当プロデューサーに当たるのだが、律子は自らがプロデューサーと言われることに違和感がある、ということで普段は呼び捨て、ないしは“さん”づけで呼ぶようにと言っている。
「ええ。ハルカさんの話についていくのに苦労したのを覚えてるわ…」
「まあ、あの人のテンションは常にハイだからね〜……。千早、大丈夫かしら?」
「うっう〜、千早さんなら大丈夫ですよ!」
「だといいんだけどね。…ところで、あずささんは?」
律子が今気づいたという風に事務所を見回しながら尋ねる。765プロに所属している最年長のアイドル・三浦あずさがまだ事務所に来ていないのだ。
「あれ、そう言えばあずささん見てませんね。」
「ど→せまた道に迷ったりしてるんじゃないの?」
「いや、さすがにそれは……」
律子のセリフを遮るように律子の携帯電話が鳴りだす。着信音は“9:02pm”、ディスプレイには“三浦あずさ”と表示されている。
「まさか……」
いやな予感がしつつ、電話に出る律子。
「もしもし…?」
「あ、律子さんですか?あずさです〜。」
「あずささん、一体どうしたんですか?今日は午後から夢宮書房の雑誌“ガルデローベ”のグラビア撮影でしょう?今どこに……」
「それが〜、バスを降りたところで雪が降ってきたものですから、ついつい雪に見とれながら歩いていたら、道に迷ってしまいまして〜…」
「雪って…、雪が降っているんですか?!」
その一言に事務所の皆が窓辺にかけよる。
「わぁ、本当だ!!雪が降ってる〜!」
「うっう〜!雪、積もるといいですね〜!」
「本当だ!そうだ、雪が積もったらみんなで雪合戦しようよ!」
「真、あんたってば本当に体を動かすことしか考えないのね…」
「私は雪うさぎさんが作りたいです〜。」
「よーし、まこちん!今度こそ負けないよ→!!」
「雪合戦なら真美たちにだって勝機はあるもんね→!!」
「ちょっと、アンタたち!まだ積もるって決まったわけじゃないんだから!」
「うふふ、皆元気ね〜。」
12月になっても、765プロは温かい空気で包まれていた。
「……あの〜、律子さん、私はどうすればいいんでしょうか〜…?」