Kanon〜夏の想い出

第八章 たいやきとカラオケ

「うぐぅ…、全身筋肉痛だよ……」
「あうぅ〜…、真琴も〜……」
「あらあら、二人とも大丈夫?」  
水瀬家のいつもの朝食の風景…のはずが、今日は居候である月宮あゆと沢渡真琴が未だに席についておらず、ダイニングキッチンの入り口のところで匍匐前進をしている。そんな2人を心配そうな様子で見守る水瀬秋子。  
昨日のプールでの対決で2人は全身筋肉痛となっていたのだった。
「あゆちゃん、今日も確か出かけるって言ってたわよね?大丈夫?」
「大丈夫だよ!これくらい……ふぐぅっ?△●†Γκ…!」  
無理やり立とうとして全身に痛みを覚えるあゆ。その苦悶に満ちた表情は筆舌し難い。
「うぐぅ〜〜……」
「あはは、あゆあゆ変な顔……ふあぅっ?◆〒☆πΣ…!」  
あゆの顔を見て笑ってしまった真琴は腹筋に強烈な痛みを覚え、瞬く間にあゆと同じような苦悶の表情に変わる。
「あうぅ〜〜……」
「あらあら…」  
見てられないとばかりに秋子が2人のもとへと歩み寄る。
「仕方ないですね。少々荒療治ですが、水瀬家に伝わる秘伝のマッサージをしてあげます。これで、筋肉痛なんてあっという間に治ってしまいますよ♪」  
何故か秋子の背後に黒いオーラが見えたあゆと真琴。
「う…うぐぅうううううううううううううう?!」
「あ…あうぅうううううううううううううう?!」  
本能的な恐怖に怯えるも、全身の筋肉が思うように動いてくれず、逃げられない2人の体に、秋子の指が迫る……!!

 

「それで秋子さんのマッサージを受けた、ってわけか……」  
所変わって百花屋。相も変わらず『たい焼きサンデー』をおいしそうにほおばるあゆを目の前に、コーヒーをすする相沢祐一。
「うん、あれは地獄だったよ…。でも終わってみると、全身の筋肉痛が嘘のように無くなってるんだよ。まるで魔法みたいだね!」
「秋子さん、改めて恐るべし……」
「ところで、今日はこれから何をするの?」
「ん〜、今日は隣町に行ってみようかと思ってるんだ。」
「隣町に?!わ〜、何をするの?!」
「ああ、それはまあ夜になると分かるさ。」
「夜…?!ま……まさか、祐一君…」
「へっ?!おまえ、何か勘違いして……」  
祐一の思惑とは全く違うことを考えている様子のあゆは、顔を真っ赤にしながら
「ボク、祐一君にだったら、全てをあげても………いいよ…」
「ちょっ、…」
「うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!大胆発言ッすねえええええええええええええええええええええええええええ!!お熱いですよお、お二人さん!!」
と、そこに空気を完全に読まない非常識なほどの大声で、おまけに両手を激しく叩きながら一人の少女が2人の会話に割り込んできた。
「ちょっと菜波ちゃん、2人の邪魔しちゃだめじゃない…!」  
そのショートヘアでメガネをかけた少女を後ろからたしなめる長い黒髪の少女。
「あ……お前たち…」
「名雪さん!!……と、どちら様ですか…?」

 

「なんだ、お前今日は追試があったんじゃなかったのか?」
あゆの隣の席に移動した祐一は、目の前に座った先ほど現れたロングヘアーの少女で、祐一の従姉妹である水瀬名雪に尋ねる。
「うん、でも早めに終わらせて帰ってきたんだ。」
「早めに終わらせたって言っても、早すぎないか?」
「にゃははははは、ゆーいちクン、世の中には知らなくてもよいことがあるのだよ?!」
「相変わらずだな、菜波も…」  
祐一は名雪の隣に座ったショートヘアでメガネの少女、火野菜波の方を向いて頭を押さえた。祐一も菜波のことは知っていて、高校時代のクラスメイトだった。当時から、破天荒な性格の菜波のことが彼は苦手だった。  
突然の2人の出現に驚く祐一とあゆだったが、2人も地元に帰って来て懐かしの百花屋に入ったところで祐一とあゆを見つけたのでびっくりして話しかけようとしたところで、あゆの爆弾発言を聞いてしまい、菜波が興奮してあのようなことになったのだという。  
で、あゆに2人の紹介をしたところで、改めて祐一が名雪に話しかけたというところだった。  
それから菜波は、祐一の隣に座るあゆの方を向いて、
「ほほ〜う、チミがナユっちのゆーいちを奪ったアユっちですな?!」
「アユっち?!」
「ちょ、ナミちゃん!!奪っただなんてそんなこと……!」
「にゃははは、冗談、冗談、マイケル・ジョーダンだよ!」
「……疲れる……」  
さすがの祐一も菜波の言動には頭を抱えざるを得ない。
「ところで、ゆーいちクンは今日の夜、アユちゃんとなぁ〜〜にをするつもりだったのかにゃァ〜〜?」  
意地悪そうな顔で祐一に尋ねる菜波。性質の悪いことに、その菜波の言葉の節々から「理由は知っているんだけど困るゆーいちクンの顔が見たい」オーラが漂っている。
「うっ……、ち、分かったよ、言うよ。  
あゆ、今夜花火大会が隣町であるんだ。だから、今夜はそれを見に行こう!」
「花火大会?!本当なの、祐一君?!」
「うっひょおおおおおおう!仲の良い恋人同士で花火大会ですかあああ!いいねぇ、いいねぇ!真っ暗な中、手を握り合う2人、空には眩いばかりの花火、いつしか2人は言葉も無くなり、ふと見つめあった拍子に…」
「……それくらいにしとこうか、ナミちゃん?」
「…じょ、じょーだんだよぉ〜…ナユちゃぁ〜〜ん……あ、あはははは……」
顔は笑っているのに、黒いオーラが立ち込めている名雪に言われ、さすがの菜波も口をつぐむ。

   

「花火大会、ってことは浴衣を着てきたほうがいいかな?!」  
目をキラキラさせながらあゆが祐一に尋ねる。何せ、8年ぶりの夏休みを経験するあゆにとって、初めて祐一と過ごす夏休み、祐一と花火大会に行きたいなぁ〜と思っていたことの一つだったのだ。
「浴衣か…。あゆ持ってるのか、浴衣?」
「多分私のお古でいいなら家にあると思うよ。」
「本当?!ありがとー、名雪さん!そうだ、名雪さんたちは行かないの?」
「え、私たちは…」
「まあ、お2人の邪魔はしたくないしねぇ〜。」  
先ほどまで2人をからかっていた菜波だが、その辺のことはしっかりと心得ているようだ。
「そんなことないよ!きっと皆で行った方が楽しいに決まってるよ!  
そうだよね、祐一君?」
「えっ?!……ああ、まあ、あゆがそう言うなら俺は構わないぜ。」
「ん〜、アユちゃんはいい娘だねぇ〜……  
お姉さん感動しちゃったよ!!」
「ごめんね、あゆちゃん。」
「謝ることなんて無いよ!そうだ、栞ちゃんたちも誘って皆で楽しもっ!!」  
7年間も眠り続けていたあゆにとっては、祐一と2人で遊ぶことももちろん楽しいことだが、それよりも何よりも仲の良い友人たち皆でわいわい騒ぐ方が楽しいのだ。祐一も、そういうあゆの性格を知っていて付き合っており、またそういう性格の彼女を好きになったのだ。
「そーいや、何時からとか打ち上げ開始とか知ってるのかい、ゆーいちクン?」
「ん、確か20時スタートだったハズだ。」
「ふむ、それまではかなり時間があるってわけだね?!」
「何なんだよ、一体?」
「いや〜、お2人さえよければの話なんだけど、今日これからカラオケ行かない?!」
「カラオケ?!なんでまた……」
「うん、実は試験終わったらナミちゃんと一緒にカラオケに行く約束をしてたんだ。」
「どう、アユちゃんカラオケとか行ったことあるかい?!」
「カラオケか〜…。ボク1回も行ったこと無いよ。」
「そっか、それじゃあ行ってみない、あゆちゃん?」
「うん、ちょっと興味あるかも。」
「よおおおおおおっし、決まりっ!!今からカラオケだあああああああっ!!」
「オイ待て!俺の意見は?!」
「よっし、じゃあレッツゴー!」
「「おおおおおおおおおおっ!!」」
「だから俺の意見は……って、お前ら勘定……!!全部俺が払うのかよっ!!」  
祐一の意見は全く無視され、挙句の果てにあゆの注文した『たい焼きサンデー』×2、名雪の注文した『イチゴサンデー』×3、菜波の注文した『ジャンボデラックスパフェ』×1(1人で全部平らげてしまった)、そして自身の注文した『コーヒー』×1の代金を払わされた祐一は、空っぽになった財布を尻ポケットに入れながら、先に出て行ったあゆ・名雪・菜波の3人を走って追いかけるのだった。

 

「ふわあああ……ここがカラオケかぁ〜〜〜。」
「どうだい、アユちゃん?!テンション上がって来ないかい?!」
「うん、なんだかボクワクワクしてきたよ!!」
「なぁ、初めに言っておくが、俺の財布の中はもう空っぽだ。カラオケ代なんて払えないぞ。」
「大丈夫だよ祐一。私ちゃんとお金下ろしてきたから。」
「よっし、それじゃあ一番手はアユちゃんから行こうか!!」
「えええええ?!ボボボボッ…ボクから?!」
「というか菜波、お前は俺にパフェ代を払え!!お前のジャンボデラックスパフェのせいで財布の中身がスッカラカンなんだよ!!」
「まあまあ、祐一…」
『えええええええええっ?!ゆーいちクン何か言ったかい?!』
「おまっ、マイクで叫ぶな!!」
「どうしよー、えっと、えっと〜…、何を歌おうかなぁ〜…?」
「あゆちゃん、何でもいいよ。それとも私が最初に…」
『ハイ、ではわたくしこと火野菜波、行っきま〜〜〜す!!』
「…って、結局お前が一番に入れたのかよ?!」
『あ、ゆーいちクン!私コーラお願い!!』
「だからマイクで叫ぶな!!」
「私はイチゴミルク〜」
「ボクはたい焼きオレンジで!」
「そんな得体の知れない飲み物は無い!!」
「え、でもメニューのここに書いてあるよ?」
「あるのかよ…!何なんだよここのカラオケ店…?!  
というか、百花屋にしろたい焼き関連のメニューが多くないか?!」
ルームに入るなりいきなりハイテンションな4人。言われたとおりにコーラとイチゴミルク、たい焼きオレンジと自身のジンジャーエールを注文する祐一。

そうこうしてる内に、菜波の第1曲が始まろうとしていた。
「では、歌:角元れいん(C.V.松岡由貴)で“SHINE GIRLS LIFE”!」
「いきなりアニソンなのか?!」
「アリソン?」
「びみょーなボケをありがとう、あゆ。だがリリアではなく、アニソン、アニメソングのことだ。」
「菜波ちゃん歌上手だねぇ〜。」
「心なしか、声も似てるような気がするな。」  
菜波が歌っている間に注文していた飲み物が届く。
『あ、店員さん!ありがとうでサンキューでグッジョブだよ!!』
「だからマイクで叫ぶなっ!!というかお前、物真似似すぎているからやめろ!!」  
たい焼きオレンジは、オレンジフロートのアイスの代わりにたい焼きが乗っているイメージを思い浮かべてもらえればよい。あんこがオレンジジュースと混ざっているあたり、かなりグロテスクな印象を受ける。
「ねぇ、あゆちゃん。次私が入れてもいいかな?」
「うん、構わないよ。それじゃあ名雪さんの次にボク入れるね。祐一君もそれでいい?」  
と言いつつ、あゆは平然とたい焼きオレンジを飲んでいる。
「ん、ああ。俺は構わないが……」  
改めてあゆの味覚に疑問を感じる祐一だった。
 
「ありがとうございましたあああああっ!」  
菜波の1曲目が終わる。拍手喝采で応える皆。
「いや〜、皆すまんねぇ〜、下手な歌聞かせちゃって。あっしってば下手の横好きなもんだからさぁ〜。」
「そんなこと無かったよぉ!すっごく上手だったと思うよ。」
「うん!ボク感動しちゃったよ!」
「悔しいが、上手かったと認めざるを得ないだろうな。」
「いや〜、にゃははは…。そう面と向かって褒められると照れちゃうねぇ〜。  
あ、次はナユちゃんだよ!ホラ、準備して!!」
「あ、うん!  
え〜、では水瀬名雪、歌:DROPSで“バカップル♡”行きます!」
「うわ、普段の名雪からは想像できないテンポの曲だな…」
「でも夏らしくていい曲だねぇ〜。」
「ん〜、ナユちゃんもなかなかいい声じゃない!特にマリ姉のパートの部分なんてゲキ似だよ!!」
「マリ姉って……」
「あ、ゆーいちクン!私メロンソーダお願い!」
「…ってもう飲んだのか?!」
「ボクはたい焼きブルーハワイで!」
「またけったいな飲み物を……」
「アユちゃんは何歌うか決まったかい?」
「え、あうん。もう入れたよ!」
「ほほう!そう来ましたか!その曲あっしも大好きな曲だよ!」
「だよねぇ〜!ボクもすっごく好きな歌なんだ!やっぱカッコいいよねぇ〜!!」
夏カノ
名雪の1曲目がちょうど終わるころに、注文したジュースが届いた。たい焼きブルーハワイは……もう説明不要だろう。あゆはそれを一口だけ口にすると、
「よっし!それじゃあ次はボクの番だね!!  
コホン、え〜…、歌:堀江由衣で“ヒカリ”、歌います!!」
「なっ?!あゆのやつ、初っ端から飛ばしてくるじゃねぇか!!」
「うわ〜、ほっちゃんの曲だねぇ〜!」
「んんんんんっ!!このテンポ、たまんないねぇええええええええ!!  
やっぱ“ヒカリ”は最高だよおおおおお!盛り上がってきたああああああ!!」
「お前は最初っから盛り上がりすぎだ!……っと、じゃあ俺はこの曲な。」
「うおおおおおお!アユちゃん歌ウマすぎッす!!!」
「すっご〜い、声そっくり……」
「予想外にハマっていて怖いぞあゆ…」
「♪ぜつぼ〜の森にさし〜こむ、ヒカリ〜〜よ〜!♪ホイッ!  
あ、ゆーいちクン、私コーラフロートお願い!」
「…だからお前飲むの早すぎだって!!」
「あ、私はイチゴフロートで。」  
部屋に備え付けられてあったタンバリンでさらに場を盛り上げる菜波。名雪も手拍子で盛り上げる。祐一は再び室内電話をとり、注文をする。
 
「え〜、どうも御視聴ありがとうございました!」
「ヒューヒュー!!アユちゃん良かったよおおおおおおお!!お姉さん感動しちゃった!!」
「うん、あゆちゃんって歌上手かったんだねぇ〜。」
「えへへへ、そうかな?」  
照れるあゆをさらにはやし立てる菜波と名雪。
「あ〜、じゃあ次は俺の歌な。  
聞いてください、歌:キョン(C.V.杉田智和)で“倦怠ライフ・リターンズ!”。」
「うっわっ……!これまた…!!」
「似すぎてる、って言うよりまんま本人が歌ってるみたいだよぉ〜…」
「そーいえば祐一君とこのキャラって似てるよね、声も顔も…」  
ちょうどそこに店員がジュースを運んでくる。運ばれてきたコーラフロートを一瞬で飲み干した菜波は、
「あ、ゆーいちクン!今度はソーダフロートね!!」
「ふざけるな!今俺歌ってるだろが!」
「ボクはたい焼きコーラ!」
「♪人の話を聞けええええええええええっ!♪」

その後もアニソン縛りで盛り上がる4人。
 あゆたちの今日はまだまだ終わらない。

第七章

空想具現化へ