「お、お前は真琴?!」
プールサイドからプールを眺めていた相沢祐一に勢いよくとび蹴りをかましてきた少女は、狐色のロングヘアーを両サイドでしばってダブルサイドポニーテールにした沢渡真琴だった。真琴は胸に狐のポイントが入った、オレンジ色のワンピースの水着を着ていた。
ちなみに真琴のサイズは上から81/55/79。お子様体型に見られがちだが、以外にも育ちはいいようだ。
「こんなところで何やってるのよ、ゆーいち?!」
「何やってるって、大学生にもなった男が1人でプールにやってきて盆踊りをやってるとでも思うのか?」
「思わない。」
「だろ?プールに来てやることと言ったら一つしかないだろう?」
「ナンパ?」
「ヘイ、そこの彼女!オレとお茶しな〜い、って市民プールにそんな不純な目的でやってくるか、っての!!」
「じゃあ盆踊り?」
「お前さっきそれ否定したよな?」
と、そんな不毛な会話を2人がしていると、真琴の背後から一人の少女の声が。
「あら、相沢さん。あなたもいらしてたんですね?」
「その、おばさんくさい声は、天野か。」
「おばさんくさいは余計です。お久しぶりですね、相沢さん。」
その若干ウェーブのかかったショートヘアの少女、天野美汐は上下黒のホルターネックの水着を着ていた。ちなみに美汐のサイズは上から80/53/79。そのスレンダーな体型に黒のビキニ姿は、どことなく大人な女性の雰囲気がある。
「なんだ、お前ら2人でプールに来てたのか。」
「相沢さんはプールに1人でやってきて盆踊りですか?」
「いい加減、盆踊りから離れてくれ…」
「そーいえば、あゆあゆはどうしたの?今日は2人でデートじゃなかったの?」
「ああ、そのハズだったんだが…」
「祐一さ〜〜ん!待たせてすみません!」
そこに手を振りながらショートカットの少女・美坂栞が駆けてきた。栞は水色のワンピースの水着に例のストールを腰に巻いた姿だった。スリーサイズは上から79/53/80。控えめではあるが、腰に巻いたストールが彼女の魅力を引き立てていた。
「あれ、栞ちゃん…?」
「あ、真琴さんに美汐さん!こんにちわ。お2人も泳ぎに来てたんですね。」
「こんにちは、栞さん。」
「栞、あゆと香里はまだなのか?」
「えっと、もうすぐ来ると思いますよ。」
栞がそう言って振り向くと、ちょうどそこには更衣室から出てきたばかりの2人の少女がいた。
「おっ待たせ〜、祐一くん♪」
「あら、なんだか大勢いるわね〜。」
オレンジがかった茶色い髪の少女・月宮あゆは、ツーピースでパンツにはスカートがついているかわいらしい水着を着用していた。サイズは上から80/52/79。傍から見ると小学校高学年の女の子みたいである。
「うぐぅ、ボク小学生じゃないもん!高校生だもん!!」
「いや、俺はまだ何も言ってないぞ?」
「でも、顔に出てたもん。」
「相沢君ってすぐ顔に出るタイプだからね。」
ウェーブのかかった長い黒髪を後ろで一つに縛ってポニーテールにした少女・美坂香里。栞の姉である彼女は大胆な紫色の三角ビキニに妹とお揃いのストールを腰に巻いていた。彼女のスリーサイズは上から83/55/81。幼いあゆの隣に立っていると、余計にその色っぽさが強調され、周囲の目を一身に集めている。
こうして、期せずして大所帯となった祐一たち一行は25mプールに来ていた。あゆと栞に泳ぎを教えるためである。
「よし、あゆはまず息継ぎの練習からだ!
栞はもう大分上達してきているようだから、あとは香里が細かいところを教えてやってくれるか?」
「了解よ、相沢君。」
「うぐぅ、ボク今日こそ息継ぎできるようになるもん!」
「分かりました、祐一さん。じゃあ、お姉ちゃん、よろしくお願いします!」
こうして特訓は始まった。
栞はすでにクロールで15m泳げるようになっていたため、息継ぎのタイミングや、腕の振り方といった細かい部分を香里から習い、みるみる距離を伸ばしていっていた。
しかし、あゆは・・・
「ああ、違う!息継ぎは腕を上げている方に頭を上げて・・・」
「だぁっ、何度言ったら分かるんだ!水中で息を全て吐き出してから息を吸うんだ!」
「何、水中で息を吸って頭を上げたときに空気を吐いた?どうやったらそんな器用
なことができるんだ・・・?」
一向に上手くなる気配が見られなかった・・・
「うぐぅ、疲れたぁ〜・・・」
プールサイドの休憩所で横になるあゆ。その隣には頭を抱えて悩む祐一の姿。
プールに来てから1時間。栞は気づけば50mまで泳げる距離を伸ばしていた。一方あゆは、
「ようやく息継ぎできるようになったが、今度は手の動きに気をとられてバタ足が疎かになっている・・・。休憩終わったら、そっちを完璧にするぞ。」
「うん、分かったよ、祐一君。
でも、栞ちゃんはすごいよねぇ〜。もう50mも泳げるようになっただなんて。」
「そんな、お姉ちゃんの教え方が上手だったから・・・」
「なんだ、それじゃあオレの教え方が下手だ、ということか、栞?」
「あ、いえそんなわけじゃぁ・・・」
「や〜っぱ、ゆーいちはダメだって、ことね?!」
と、プールから上がってきた真琴が会話に割って入った。
「にしても、あゆあゆって泳ぎ苦手なんだね〜。」
あははっ、と右手を口に当てて意地悪っぽく笑う真琴。
「こいつは料理も苦手だぞ。」
「うぐぅ、料理は上達したもん!というか今はその話関係ないし!
真琴ちゃんこそ泳げるの?!」
真琴の笑い方に、ムッときたあゆが売り言葉に買い言葉でたずねる。
「ふっふ〜ん、そこでよ〜っく見てなさい!今日美汐から習ったばかりの華麗なふぉーむを!!」
そう言って再びプールの方へと走っていき、勢いよく25mプールに飛び込む真琴。そして、物凄い水しぶきを上げている割にはゆっくりなスピードで泳いでいく。口で言う割には不器用なクロールだが、無事25mを泳ぎきった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ど・・・どう、あゆあゆ?ッ・・・ハァ、ハァ、見た?この真琴の華麗な、ハァ、ハァ、くろーるを・・・っ!!」
泳ぎきった先のプールサイドに仁王立ちした真琴は勝利宣言とばかりに叫んでいるが、やってきたプールの監視員に捕まって、プールサイドを走ったことと25mプールに飛び込んだことを注意されていた(25mプールは浅いので原則飛び込み禁止となっている)。
「真琴、口で言う割にはあまり上手とは言えない泳ぎだな・・・」
「でも、あの子も頑張ったんですよ。最初は犬かきしか出来なかったんですから。」
と、いつの間にか祐一の隣に立っていた美汐が言う。
「今度、皆さんと海に行くって話をしたら、あの子絶対その時までに泳げるようになってやるんだ、って。それこそ必死になって練習したんですから。」
「真琴・・・」
祐一は真琴の方を見る。まだ監視員に注意されているが、その表情はすごく嬉しそうであった。
「なるほど、あいつも頑張っているわけなんだな・・・
よし・・・、おい、あゆ!」
「ん、どうしたの祐一君?」
「お前、真琴と勝負しろ!!」
「うぐっ?!」
「今からもうあと1時間、真琴と泳ぎの練習をしてもらう。真琴のコーチは天野が引き続き頼む。そうして、どっちがどれだけ泳げるようになったか勝負するんだ。勝った方には俺が何でも好きなものをおごってやる!!」
「本当に?!」
「ああ、本当だ!」
「よおおっし!!ボク、頑張るよ!そうしてデラックスたい焼きサンデーをおごってもらうよ!!」
「おまっ、またあんなものを食う気か?!」
最後の祐一のセリフが言い終わるか否かのタイミングで、あゆは飛び出していき、25mプールに飛び込んだ。当然、監視員がやってきてあゆは怒られることになったが。
「相沢君、物で釣ったわね?」
「人聞きの悪いことを言うな。こうして競わせた方がお互いの上達にも繋がるハズだろう?」
「まあ、確かにそうかもしれないわね。」
あゆのコーチを栞に任せ、祐一と香里はプールサイドから2人の練習の様子を眺めていた。
練習開始から30分。
この30分はすごかった。あゆは「デラックスたい焼きサンデー」、真琴は「ジャンボ肉まんパフェ」のために必死になって練習に励んだ。
あゆは元々バタ足で(息継ぎなしで)20m泳げていたので、そこに手の動きと息継ぎの動作を合わせるだけでよかったため(だがこの合わせるだけの作業が今まで出来なかったのだが)、見る間に上達していった。
真琴は、獣としての本能的に泳ぐ能力は備わっていたため、あとはクロールの動きをマスターするだけでよかった。大げさな水しぶきも立たなくなり、自然体での泳ぎが出来るようになっていった。その姿からは普段の子供っぽい雰囲気が感じられず、美しくさえ感じられた。また、50mプールに移って飛び込みの練習もやっていた。
要するに、2人とも“食べ物”のこととなると、別人のように変わるのだった。
こうして約束の1時間が経った。25mプールは狭い、ということで50mプールに移動した一行。
50mプールは飛び込みもOKというわけで、第2コースの上に立つあゆと第4コースの上に立つ真琴。
そのあまりにも真剣な眼差しの2人の少女の様子にただならぬものを感じた周囲の人々は、50mプールから自主的に上がって、この2人のレースを見守るギャラリーと化していた。
「よし、準備はいいか2人とも!勝負は1回!どちらが長い距離を泳いだかで決まる。いいな?」
「「うん!」」
真剣な眼差しで水面を見つめる2人の少女。傍から見れば、それはオリンピック選考をかけた大勝負を前にしている少女たちのように見えるが、その実彼女らの目の前にあるのは、オリンピック出場の権利などではなく、
「たい焼きサンデー、たい焼きサンデー・・・」
「肉まんパフェ、肉まんパフェ・・・」
お互いの好物の食べ物ののったデザートだった。
「では、位置について・・・よ〜い・・・」
・・・ゴクン
緊張の一瞬。
「ドンッ!!」
2人の少女は一切に飛び込む!!
「・・・と言ったらスタートだからな。」
バッシャーーーーーン!!
というお約束のセリフを平然と口にする祐一。思わず腹からプールに突っ込むあゆと真琴。
「はははは、すまん、すまん、一回こういうのやってみたくってさ〜。・・・って、あゆ、真琴、なんだその目は?!待て、落ち着け!!悪かったよ、冗談のつもりだったんだって!落ち着け2人とも、な?!・・・うっ、うわああああああああああっ!!」
仕切りなおし。
真剣勝負に水を差されたということで、怒り心頭に来たあゆと真琴は祐一を2人してボコボコにし、ボロボロになった祐一に代わって栞がスタートの合図をすることになった。
「真琴ちゃん、ボク絶対負けないよ。」
「真琴だって、あゆあゆには負けないもん!」
2人は改めて闘志を確かめ合う。
「では、準備はいいですか?
・・・位置について、・・・よ〜い・・・」
・・・ピチョン・・・
プールの水面に緊張の汗が落ち、水音を立てる。
「ドンッ!!」
バッ!
勢いよく飛び出す2人。真琴は綺麗なフォームを描いて指先からスっと水に吸い込まれるかのように入っていくが、飛び込みの練習までは間に合わなかったあゆの方は腹から落ちることはなかったものの、水を無理矢理こじ開けるかのような感じで水に入っていった。
そうして真っ先に浮き上がってきたのはあゆだった。祐一に言われたとおり、水中でしっかりと空気を吐き、水面に顔を出して息を吸い込んでからクロールの体勢に入った。あゆは4回水をかいた後に息継ぎを1回はさみながら、ゆっくりとではあるが確実に距離を伸ばしていった。
一方で真琴は、飛び込んだ勢いのまま、水面下で10m程距離を稼いだ後浮かび上がり、そこからクロールに移行した。本性が狐である彼女は、元来持っている野生の生き物の“生き残るための術”とでも言うべきものを取り戻したかのように、美しいフォームで比較的早いスピードで泳いでいた。野性では敵から逃れるために、荒いぶる激流をも泳ぐ場面があるだろう。その能力を存分に発揮し、真琴は確実に距離を伸ばしていく。
今回の勝負は、スピード勝負ではなく単純に泳いだ距離を比べる勝負だから、遅くとも最終的に足をつけることなく泳いだ距離が長ければ、それで勝利となる。
真琴はすでに50mを泳ぎきり、ターンをするところだった。
一方、あゆの方はようやく25mを越えたところ。
「真琴のやつ、やるじゃないか。」
「そうねぇ、こう言っちゃあなんだけど、意外な感じ。」
「もともと彼女は“妖狐”ですから、運動能力などの類は私たちより優れている、と言ってもいいでしょうね。」
「あゆさんも頑張ってますよ。あ、もうすぐで30mに達します。」
「あゆも上達したなぁ〜。やっぱ競争相手がいると、人間って必死になれるものなんだなぁ〜」
「ま、たい焼きサンデーという景品も大きいとは思うけどね。」
祐一と香里、栞がそんな話をしている間に真琴はすでに100mを泳ぎきろうとしていた。壁にタッチした後、真琴は泳ぎを止め、プールサイドに上がってきた。
「ん、なんだ真琴。もう限界か?」
「ん〜ん、まだまだいけるよ〜。でも、あゆあゆには100mあれば十分勝てるでしょう!」
そう言って真琴は勝ち誇った表情でVサインをしてみせる。
「そんなこと言って、万が一負けても知らないぜ?」
「大丈夫だって!真琴の勝利は間違いないもん!だってあゆあゆは50m手前でもうばててるんだよ。」
そう言ってあゆの方を指差す真琴。確かに、あゆは40mを越えたところで息継ぎのタイミングが2回水をかいて1回、と早くなっている。もう限界が近い証拠だ。
「50mは泳げるかもしれないけど、100mは絶対ムリだよ。」
「あゆさん・・・」
栞は目の前で手を合わせてあゆを応援する。
「なぁ、真琴。」
「何、ゆーいち?」
祐一はあゆに注いでいた視線を真琴に戻し、言う。
「奇跡ってのは、“起こるもの”じゃない。“起こすもの”なんだぜ?
それは、お前も身をもって体験したことだろう?」
「・・・ゆーいち・・・」
あゆは50mの壁をタッチし、不器用ながらもターンをし、残り50mの道のりへと入った。
今この空間を支配しているものは、あゆが立てる水音とあゆの呼吸する音だけだった。
60m、70m・・・
少しづつ、すこしづつ、あゆは着実に距離を伸ばしていく。
誰も言葉を差し挟む者はいなかった。
皆、あゆの泳ぐ姿に目を奪われていた。
何度もおぼれそうになりながらも、あゆは泳ぎをやめようとしなかった。
いや、もはやそれは泳ぎと呼べるようなものではなかった。
それは非常に滑稽な姿だった。
しかし、そのことを誰も馬鹿にするものはいなかった。
80m、85m・・・
ここにきて、もはやあゆの意識は半分以上無いに等しいだろう。
ただがむしゃらに、手足を動かしているだけに過ぎない。
90m・・・
と、ここであゆの手足が止まった。もはや限界だった。あゆは意識を失い、沈みかけていた。
その様子を見て、祐一は思わず叫ぶ。
「あゆ!!頑張れ!!もう少しだ!!」
その途端、ギャラリーが騒ぎ出す。「頑張れ!」「あと10mだ!!」「しっかりしろお!!」
ギャラリーの応援に次ぎ、
「頑張ってください、あゆさん!!」
栞が、
「あと少しです!」
美汐が、
「ホラ、あともう少しよ!!しっかりなさい!」
香里が、そして・・・
「あゆあゆ、そんなところでおぼれてる場合じゃないでしょう?!たい焼きサンデー、欲しくないの?!」
真琴が、あゆに応援のエールを贈る。
「真琴、お前・・・」
「フン、別に肉まんパフェなんてゆーいちにおごってもらわなくったって、いつでも食べられるし、あゆあゆが真琴との勝負でおぼれでもされたら、目覚め悪いし・・・」
「遠慮するな、お前にも肉まんパフェおごってやるよ。」
そう言って真琴の頭をなでる祐一。
「さあ、あゆ!!あと少しなんだ!!しっかりと帰って来い!!」
(・・・祐一君がボクを呼んでる・・・)
あゆの意識の中で、プールサイドの声が反響する。
(栞ちゃんに、美汐ちゃんに、香里さんに、そして真琴ちゃん・・・?)
次第に覚醒していく意識。
(・・・ボクは、まだ負けてない!泳げる!!)
プールの底に足が着く前に、再び水面に顔を出すあゆ。
「ボクは、まだ泳げる!!」
市民プールからの帰り道、百花屋に寄った6人。
結局、あゆは100mを泳ぎきり、真琴と同点。祐一は2人に好きなものをおごることになった。
「ん〜、やっぱおいしいよぉ〜、このたい焼きサンデー♪」
「こっちの肉まんパフェだっておいしいわよ!あゆあゆも食べてみる?」
「いいの?じゃあ、ボクのたい焼きサンデーも一口いいよ。」
「・・・ったく、お前らよくそんな気色悪いもんが食えるな・・・」
「え〜、おいしいですよ、祐一さん。」
「栞、闘病生活が長かったから、味覚がおかしくなっちゃってるのね・・・」
「真琴、私にも少し肉まんパフェもらえますか?」
「天野、それだけはやめとけ!」
にぎやかな6人の喧騒は通りにまで響いてきそうだった。
祐一たちの夏はまだまだ始まったばかりだ。