Kanon〜夏の想い出

第四章 苺色の夏

水瀬名雪はあせっていた。大学に向かうバスの中、前日に無理をして試験勉強をしたのがたたったのか、今朝は寝坊してしまった。今日は大学の試験最終日。それまでの試験は割りと楽な科目だったのでよかったが、今日の試験科目は数学で、よりにもよって1時間目という、平均睡眠時間8時間の名雪にとっては、眠たい時間帯の授業であったため、ほとんど内容は頭に入ってなかった。そのため、夜更かしして試験勉強して、結果寝過ごすという悪循環であった。  
バスを降り、大学構内へ。そこから教室までダッシュで走る。もう試験は始まっており、試験開始20分経過すると、教室に入れなくなってしまう。名雪は元陸上部であった脚力をいかし、全力で教室を目指す。さいわい、時間ギリギリに間に合い、試験を受けることはできた。できた、のだが・・・。

「それで教室で寝ちゃったわけ〜〜?ほんと、名雪らしいわね〜。」
「う〜〜、だって眠たかったんだも〜〜ん・・・。悪いのは数学を1時間目にした大学側だよ〜。」
電話口で笑う香里に、名雪はふてくされた声で言い訳じみたことを言う。テスト中に眠ってしまったため、名雪は当然数学の単位を落とし、夏季休暇中の追試を受けることになった。その勉強をしていた最中に、香里から電話がかかってきたのだった。
「ん〜、ということは名雪はまだこっちにはしばらく戻れないのね?いつ頃戻ってこれそうなの?」
「え〜と、追試は明後日だから、それが終わればすぐにでも戻るよ。」
「そっか。川澄先輩達の方は、今頃北川君が相沢君に頼みに行ってるだろうから、明日あたりにでもどうなるか分かるでしょうね。」
「う〜、海か〜〜。楽しみだよ〜〜。中学の時にお母さんと香里と一緒に行ったきりだもんね。」
「そうね。あの時は名雪、たいして泳げないくせに・・・。」
「あ〜〜、もう思い出させないでよ〜〜!!すっごく恥ずかしかったんだから!!」
「はいはい。今年は大丈夫よね、なんたって相沢君だっているんだからね。相沢君の目の前であんなこと・・・。」
「分かってるよ〜!!もう、今日の香里いじわるだよ。」  
それからしばらく二人は最近の近況や、大学の授業のことなどについて話し、1時間後に電話を切った。
「う〜、ケータイだっての忘れてたよ・・・。」
名雪は今月の財政が厳しかったことを思い出し、さらなる倹約生活を余儀なくされることになった。

 

そもそも、彼女が地元を離れ一人暮らしをしようと思い立ったのは、舞と佐祐理が海外留学を決めたことを聞いたことがきっかけだった。それまでは漠然と自宅から近い大学に通い、いつものように秋子や祐一に朝起こされて、祐一と共に大学に通う様子を思い描いていたのだが、本当にそれでいいのだろうか。いつまでも他人に頼りっぱなしの人生でいいのか。確かに、祐一と同じ大学に通って、帰りにイチゴサンデーを一緒に食べたりするのも悪くないだろう。居候のあゆや真琴と遊ぶのも面白いだろう。だけど、それだといつまでたっても、今までの自分から変わることはできない。自分が変わるためならどうしたらいいか。名雪は高校三年の春、そのことを真剣に悩んだ。悩んだ結果、出した結論が今の生活だった。
一人暮らしを始めた当初は、やはり朝起きるのが一番の難題だった。誰からも起こしてもらえないというのがやはりつらかった。しかし、祐一の声の入ったあの目覚ましのおかげでなんとかこの難攻不落の問題をクリアできた。だが、朝起きるということと授業中寝ないということは必ずしもイコールではなく、しょっちゅう居眠りしていた。
「そんなんだと、単位落としちゃうぞ。」
と言っていつもノートを写させてくれたのは、名雪の高校時代のクラスメイトで同じ陸上部だった火野菜波だった。彼女と名雪は同じ学部であるため、たいていのクラスは彼女と一緒なのだ。彼女の成績はそこそこ良かったのだが、こと数学となると話は別で、
「数を知ることは、神に近づくことになるの。だからあっしはそんな罰当たりな学問はしないの。」
という自論を展開しているぐらい嫌いなのだった。そんなわけだから、当然彼女も数学のノートはとっておらず、名雪と仲良く二人で追試なのだった・・・。

 「んー、しかしなぜ人間は数を学ばねばならぬのか。」
「ナミちゃん、さっきからそのセリフばっかじゃない。頑張って勉強しないと本当に単位落としちゃうよ。」
「私はそんなこと少しも恐れていないのだ!!。」
「う〜、少しは恐れた方が・・・。」
翌日、菜波と名雪は図書館にいた。一人で勉強していても埒があかないと思った名雪が菜波を誘ったのだが・・・、
「あっしはね、数学するよりももっと時間を有意義に過ごしたいと考えてるわけなのさ。」
「ん〜、例えば・・・?」
「む〜そうだね〜、フリータイムのカラオケとかいいんじゃないかな〜?」
「あ〜、カラオケいいよね〜。テスト終わったら一緒に行こうか?」
「ふわ?テストって?」
「つ・い・し、だよ〜。」
「あ〜はいはい、そっかナユちゃん数学の追試だったね〜。」
「ナミちゃんもだよ〜。」
「あっしも?あ〜、あっしはいいの。あっしの宗教では数学は異教とされてるから学んではならぬのだ!!」
「どんな宗教だよ〜。」
「にゃはははは、世の中には知らなくても良いことが山とあるのだよ、ワトソン君。」
「私、ワトソンじゃないよ〜。」
と、さっきからこの調子で勉強は全くはかどっていないのだった。
「う〜、やっぱり一人で勉強してたほうが良かったかな〜・・・。」
「あれ〜、ナユちゃん、そこの計算間違ってるよん。そこは、こうだよ〜。」
「えっ!?あ、本当だ・・・。」
「もう、そんなだと追試まで落ちちゃうぞい。」
「あはは、そうだね・・・。」
菜波は、決して数学ができないわけではなく、ただ嫌いなだけなのだ。彼女は授業で習ったことは確実に自分のものにできるという、ある種神がかった特技を持っていたのだ。ただ、それを応用したものとなると、とたんに分からなくなってしまう。そこが、彼女の成績がそこそこである理由なのだ。もっと勉強すれば、香里にも勝るとも劣らない成績を取れてたはずなのだが・・・。  
そんな菜波と名雪は、高校二年までは部活のことで主に話をしていたくらいだったのだが、三年になって進路別に授業を受けるようになった時に、菜波と同じになりそれ以来親友になったのだった。分からないところは、菜波が主に英語を、名雪は主に古典を担当して互いに教えあってきたのだった。

 

「そういえばナミちゃんは夏休み、どうするの?」
「んに?ん〜そうさね〜、一応帰るつもりではあるよん。ナユちゃんは?」
「私も戻るよ〜。でね、香里たちと海に行くんだ〜。」
「お〜、海!!我らが母なる海ですか〜!!いいね〜、あっしも行きたいね〜。」
「あ、じゃあナミちゃんも来る?きっと皆歓迎してくれるよ!」
「え、いいの?でもあっしなんかが急に行っちゃたりしちゃ迷惑なんじゃない?」
「そんなことないよ〜。皆良い人ばかりだから。」
「む〜、まあ考えとくよん。で、ナユちゃんは水着買ったの?」
「あ〜、そういえばまだだったよ。」
「あはははは、水着も買わずに海行くつもりだったの!?さっすがナユちゃん、やってくれるね〜!」
「う〜、そこまで笑わなくてもいいじゃない・・・。」
「にゃはは、ごめん、ごめん。ほにゃらば、今から買いに行こうよ!!で、悩殺水着買って相沢っちのハートをドキューンと撃ちぬくっさーー!!」
「ちょっ・・・、それどういう意味だよ〜!!あ、待ってよナミちゃん、私まだ勉強してる・・・、あ〜〜、置いてかないでよ〜〜〜。」

 そして二人は街へと向かっていった。  
街では、菜波が名雪の水着を選ぶ為、あっちの店からこっちの店へとはしごし、最後に入った店で納得のいくものを見つけた。しかし、露出が多すぎるというので名雪が嫌がり、しぶしぶ別のものにしたのだった。ちなみに、その名雪の嫌がった水着は菜波本人が買ってしまった。
「絶対に似合うと思うのににゃ〜。」
と、未練がましく名雪に愚痴りながら・・・。

 「う〜、結局勉強進まなかったよ〜・・・。」
「へこたれるでないぞよ、少年。上手く行かぬことはよくあることだよ。」
「誰のせいだと思ってるんだよ〜。それに私女の子だよ〜。」
「水着を買ってない、ナユちゃんが悪い!そりゃもう、圧倒的に悪い!!」
「え〜〜、私のせいなの〜!?」
「にはははは、まあまあ、いいじゃん!!まだあと17時間くらいあるんだもん、なんとかなるっさーー!」
「徹夜して、でしょう?私、無理だよ〜〜」
「む〜、ほにゃらば仕方がない。明日の追試はあきらめよ、少年。」
「え〜、ひどいよ〜〜!!!」
「あはははは、冗談、冗談。心配しなくても明日の追試の問題は持ってるからさ、それ見て答覚えちゃえばいいんだよ。」
「・・・えっ・・・?」
「いや、だからあっし、明日の追試の問題、持ってるよん、って。」
「な、な、な、なんで・・・?」
「んにゃ〜、あのセンセ毎年同じ追試問題だしてるみたいでさ、あっし去年のやつ先輩からもらっちゃたんだよね〜ん。」
「そ、そ、そ、そんなことは早く言ってよ〜〜!!!だから、あれだけ余裕持ってたんだねーー!!!」
「そゆこと〜ん。にははは、ままそんなに怒んない、怒んない。さ〜、今からナユちゃん家で勉強会だよ〜ん!!」
「もう、ちょっと待ってよ〜〜〜!!!」

こうして、二人は無事に追試を切り抜け、自分達の故郷へと戻った。名雪は楽しみにしていた、久しぶりに祐一や、香里たちに会えることを。会って何を話そう。祐一はあゆちゃんと上手くいっているのだろうか。聞きたいことは山ほどある。名雪の夏は今、始まったばかり。

第三章 第五章

空想具現化へ