Kanon〜夏の想い出

第三章 異国の少女達

ドイツ、ミュンヘンのとある町。二人の日本人の少女が暮らしていた。黒髪を後ろでしばった、無口な少女は川澄舞。緑がかった髪に大きなリボンをした、いつも微笑んでいる少女は倉田佐祐理。対照的な二人だが、二人は大の親友である。二人は同じ高校で、ちょっとした事件を介して知りあった。その後、高校3年の時、1学年下の相沢祐一という少年とも知り合い、以後三人で過ごすことも多くなった。その時、舞にまつわる事件に巻き込まれたが、その件に関してはここでは語らない。以来、舞の二人以外には閉ざしていた心は次第に開かれていき、卒業までには祐一の仲間たちとすっかり打ち解けていた。  
そんな彼女達にとって、今回の留学は特別なものであった。今までの「自分」達と決別するため、新たな道を歩むため、異国の地で心機一転しようという考えから決めたことであった。なぜドイツかというと、
「私、英語しゃべれないから。」
「おいおい、じゃあドイツ語はしゃべれるのか?」
「・・・なんとかなる。」
「あははー、がんばろうねー、舞。」
ようは英語以外を話す国ならどこでも良かったということらしい。舞にとってはそのことが一番重要なことらしいのだが・・・。

 

「佐祐理、朝御飯できた。」
エプロンをパジャマの上に着込んだ舞が佐祐理の寝室にやって来る。二人は日替わりで家事の当番を割り振っていた。今日の当番は彼女だった。普段、佐祐理は舞よりも早く起きているのだが、今朝は違った。だから舞もそのことを不審に思ったが、佐祐理もたまには寝坊するだろう、ぐらいに考えていた。舞は寝室のドアを2,3度ノックするが返事が返ってこない。
「まさか・・・」
嫌な予感がし、舞はドアノブに手をかける。カギはかかってなかった。舞はそのままドアノブを回し、佐祐理の寝室に入っていく。
「グーテンモ〜〜ルゲ〜ン、舞!!」
突然目の前に現れる、巨大なしゃべるペンギンのぬいぐるみ。いや、しゃべったと思ったのはそのぬいぐるみの後ろから佐祐理が声を出していたからであった。
「あははー、ごめんね舞。昨日商店街のお店でこのぬいぐるみを見つけて、舞にあげようと思ったんだけど、ただあげるだけじゃつまらないから少しいたずらしようかな、って思って。ね、驚いた、舞?」
「・・・佐祐理のバカ・・・。」
「あははー、本当にごめんね。」
「・・・心配したんだから。」
「・・・そっか、ごめんね。おわびにこれ、舞にあげる。」
「さっき、それもともと私にプレゼントするために買ったって言わなかった?」
「あははー、そうだったね。」
「・・・そんなことより朝御飯、できてる。」
「はーい、今行きま〜す。」
舞は巨大なペンギンのぬいぐるみをかかえ、佐祐理は鼻歌を歌いながら食堂へ。
「・・・ペン之助。」
「えっ、なーに、舞?」
「この子の名前。」
「あははー、かわいい名前だね。うん、いいと思うよ。」
舞は全てのぬいぐるみに名前をつけている。例えば、昨年の誕生日に祐一と佐祐理からもらった巨大アリクイには「アリ蔵」、一昨年にもらった天使のブタが飛ぶオルゴールの、ブタ1匹1匹にはそれぞれ「トン吉」・「トン平」・「トン治郎」といった名前が付けられている。微妙に古風なのは舞の性格からなのだろう。

 

今朝の朝食は、味噌汁に納豆、ご飯といういたって和風なものである。ドイツの商店街には普通並んでいないものばかりであるが、
「私、やっぱり和食がいい。」
という舞のわがままを佐祐理が聞きいれ、日本から宅配で送ってもらったのだった。佐祐理の親は資産家であるため、多少の無理はきくのである。ただし、和食になるのは舞が当番の日だけであって、佐祐理が当番の日にはドイツ料理が出る。彼女の料理の腕はすばらしく、一流料理店からシェフにならないかと誘われるくらいである。  
「そういえば、今朝祐一からパソコンにメールが届いてた。」
「祐一さんからですか?舞へのラブラブメールですか?」
ペシッ、と舞のチョップつっこみが佐祐理の頭部にクリーンヒットする。
「いたた・・・、冗談だよ舞〜〜。」
「・・・佐祐理が悪い。それより、祐一がいつ日本に戻ってくるのか、って聞いてきた。なんだか、皆で集まって旅行に行く計画を立ててるみたい。佐祐理はいつ戻るつもり?」
「ん〜〜、そうだね〜・・・。じゃあ、明日戻ろうか?」
「・・・それでもいい。でも飛行機のチケットがとれるか問題。」
「それなら問題ないですよ。もうとってありますから♪」
「・・・いつの間に・・・。」
「あははー、というわけで帰る準備をしましょう。」
「佐祐理、最初から明日帰るつもりだったの?」
「あははー、それはどうでしょう。さ、舞、準備、準備ですよ〜〜。」
「・・・はちみつくまさん。」
どこか釈然としない表情をしつつ、自室に戻る佐祐理を眺めながら、舞も自室に戻り荷物をバッグに詰め始めた。舞にとって、相変わらず佐祐理は読めない相手だった。いつのまに飛行機のチケットをとったのか。こうしたことは何度かあり、一人での学校からの帰宅途中に、ふと今朝佐祐理に頼んだ夕飯とは別のものが食べたくなった時、家に帰ると
「舞が食べたくなったんじゃないかと思って、作って待ってたよ。」
と言ってその料理を出してきたことがあった。
「どうして分かったの?」
とたずねても
「あははー、ま、いいじゃないですか。」
と言っていつも誤魔化すのだった。佐祐理には未来を見る力でもあるのだろうか、と本気で疑ったこともあった。ある日、そのことを聞いてみようかと思い立ち、佐祐理の部屋を訪ねると、部屋の扉が少し開いていて、佐祐理が何かしゃべっているのが聞こえた。舞は中の様子をそっと覗き見ると、そこには魔法少女が持っているようなステッキを持った佐祐理の姿があった。舞は何も見なかったことにして、その場を立ち去ったのであった。

 

「でも、久しぶりの帰国だね、舞。祐一さん達、元気かな?」
ひととおりの準備を終えた二人は居間でコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
「元気にしているってメールに書いてあった。ただ、大学のレポートが面倒くさくて大変だ、って。」
「あははー、そうですね。もう祐一さんも大学生なんですよね〜。名雪さんも頑張ってるんでしょうね。」
「名雪さんは追試にひっかかってまだ帰ってきてないらしい。」
「・・・あははー、そうなんですか。」
「あと、あゆちゃんと栞ちゃんは泳ぎの訓練をしてる、って。今度皆で海に行く計画を立てているから、余計にはりきっているらしい。」
「海ですか〜。そういえばこっちに来てから一度も行ってないね。あ、ひょっとして皆で旅行に行くって、そのことなんですか?」
「どうもそうらしい。だから水着も用意して帰ってきて、って。」
「大丈夫です、水着もきちんと用意しましたよ〜。」
「・・・知ってた?」
「えっ、何か言った、舞?」
「・・・ぽんぽこたぬきさん。」
舞は疑い深い目で佐祐理を見つめた。一方の佐祐理は笑顔のままそんな舞の様子を不思議そうに見ていた。  
何はともあれ、せっかくの「仲間」達からの誘いである。わざわざ留学してまで、今までの自分達から変わろうとしたのである。実際、舞は以前とは違い自分の意見を積極的に言うようになった。表情にも柔らかさがでてきた。そんな変わった自分達を「仲間」達に見せたかった。だから今回の誘いは願ってもないことだった。祐一は私を見てなんと言うだろう?舞は期待に胸を膨らませるのだった。

 

異国に旅立った少女達が再び故郷に戻ってくる。日本での1年ぶりの夏が彼女達を待っている。

第二章 第四章

空想具現化へ